第15話 意味不明な疑惑

 それから俺たちは、小休憩を挟みながら訓練を続けていた。

 初っ端からかましたような過激な訓練はそれ以降行われておらず、異能を使わない極めてシンプルな対人訓練を日が暮れるまで何度も積み重ねた。


 その間、ミヨリはというと神々しいその衣装を纏ったまま俺とアルセトの訓練風景をじっと見つめており、理由が俺とアルセトが暴走した時にすぐさまストッパーの役割を果たせるようにするためらしい。


 確かに、あれほどの威力を含んだ光熱放射線がいきなり飛んできたら流石に中断せざるを得ないだろうな。

 というか、あれを食らった人は生きていられるだろうか?

 もし、当たってしまったら・・・と考えるだけでも背筋がゾッとする。


 「こら! 訓練に集中しなさい!」


 そう言われてハッと我に返ると、木刀の剣先を眉間に突きつけられていた。

 どうやら、一本取られてしまったらしい。


 「す、すみません・・・」

 「もう、ミヨリのことが気になるのは仕方がないけど、訓練に集中しようよ~」

 「返す言葉もございません・・・」


 ミヨリの人をも殺せそうな破壊兵器がいつ飛んでくるのか気になって訓練どころではなくなっていた。

 ミヨリにとってどこまでが暴走なのか分からない以上、表情を気にしながら訓練をしなければならない。


 「というか、アルセトさんはミヨリさんのこと気になったりしないんですか?」

 「ボクがミヨリのことを?」


 唐突な質問に目を真ん丸と開くと、アルセトは両腕を胸の前で組み、渋い顔で唸り始める。


 「うぅんー、確かにミヨリがあの姿でこっち凝視してくるからいつも以上に気になっちゃうけど・・・でも、それだけだよ?」

 「え、それだけですか!? 他に気になることとかないんですか? 例えば、いつあの攻撃が飛んでくるのかとか——————」


 具体的な例を出しながら慌てふためくようにアルセトに告げたところ、なぜか彼女に笑われた。

 笑われた意味は、もちろん分からない。


 「ア、アハハハ! マコト、そんなこと気にしてたの?」

 「気にもしますよ、食らいでもしたら即死しそうじゃないですか!」

 「まあ、当たったら即死は確実だろうね~。でも大丈夫だよ」


 そう言うと、アルセトは俺を安心させるような笑顔を浮かべて言葉を綴る。


 「前触れも無く、あんな乱暴な止め方は絶対にしないよ。そもそもあれはボクたちに非があったんだから!」


 言われてみれば、確かにあの時の俺たちは彼女の静止の声を無視して訓練を続行していた。

 だから、ミヨリはあんな強引な止め方をしたのだ。 

 ということは、つまり、俺の心配は全て無駄だった・・・と?


 そう考えたら、緊張感が抜けて疲れがどっと襲い掛かってきた。


 「そろそろ訓練は切り上げた方がいいんじゃないかな? これ以上は明日に響きそうだし」


 そう言って、全身に纏う聖源力シャイニング・コアを解除しながらミヨリは俺たちの元へと近づいてくる。

 まあ、彼女の言う通り、これ以上訓練を続けたら筋肉痛で動けなくなりそうだ。


 「もうちょっと訓練を積みたかったけど、筋肉痛で思うように動けませんでした~ってなったら元も子もないもんね!」

 「そうですね、せっかくアルセトさんが訓練に付き合ってくれたのに、情けない結果は残せないですから」

 「恐らく、アルセトはマコトの試験結果なんてどうでも良いと思ってるよ、ね?」

「そんなこと思ってないよ! ミヨリ、でたらめなこと言わないでよ!」


 ミヨリの二の腕を引っ張りながらプンプンと怒るアルセトを見ていると、何だか微笑ましく思えてくる。 

 貶されている俺が一体何を思ってるのやらと、つい笑みが零れてしまう。

 すると、ミヨリは一人で微笑している俺に向かって口を開いた。


 「何一人で笑っているのよ。気持ち悪い」

 「いや、微笑ましいなって思ってただけなのに、そこまで言われるんですか?」

 「微笑ましい、か。まあマコトはロリコンだからそう見えてもしょうがないよね」

 「いや、話が飛躍し過ぎて意味が分からないんですけど・・・」


 俺はロリコン至上主義者だとミヨリに一度でも言ったことあっただろうか。

 いや、そもそも俺はロリコンじゃないけど。


 にしても、微笑ましいと思っただけでロリコン認定されるのはあまりにもおかしくなかろうか?

 俺をロリコンと罵る前に、まずはロリコンの定義を説明して頂きたいものだ。


 「ちょっとミヨリ! まさかロリってボクのこと言ってるんじゃないよね!?」

 「そのまさかよ。だってマコト、高身長の女性には興味がなさそう——————」


 と、言いかけたところでミヨリがいきなり黙り込んでしまった。

 そして、だんだんと頬を鮮やかな紅色へと染め上げていき——————


 「そ、それじゃあ! マコトがロリコンじゃないことを証明してもらおうじゃないっ!」

 「え、ミヨリ、急にどうしたの?」

 「な、なんでもないわよ! それより、これからマコトをブラン先生の元に連れて行くから、そこでロリコンかどうか見極めようじゃないっ!」


 ミヨリは、草原の真ん中で堂々と大きな声で宣言する。

 ロリコンじゃないと証明できるなら何だってするつもりだが、その前に一つ。


 「あ、あの、ミヨリさん。もう少し、声のボリューム落としてもらえませんか? 皆さんこちらを見てますので・・・」


 遠巻きから数人の人たちが、ひそひそと何かを喋りながらこちらを窺っている。

 絶対良くない印象を受けているに違いない。


 「ほ、ほらっ! アルセトを送ってからさっさとブラン先生のところに向かうよ!」


 ミヨリは慌しい様子で俺たちの手を取ると、草原から立ち去ろうと強引に引っ張り始める。

 ——————と、そこへ静止の声が上がった。


「ミヨリ! ちょっと待ってよ!」

「アルセト、一体どうしたのよ?」


 首を傾げて問うミヨリに向けて、アルセトは困ったような笑顔を浮かべながら唇を開いた。


 「せっかくだし、ここで自主練してから帰ろうかなって思ってるんだけど・・・」


 なんと彼女は疲れているだろうにも関わらず、自主的にトレーニングを積もうとしているのだ。

 その姿勢は大変素晴らしく、まさに見習うべき模範的な人と言えるだろう。


 「今から自主練するの? 疲れてるだろうから早く帰って休んだ方が良くない?」

 「ボクは全然疲れてないよ! 寧ろ、まだ足りないぐらい!」


 筋骨隆々と言ったように逞しい姿を見せるアルセトに、ミヨリはどこか納得していないように窺えた。

 まあ、全然疲れていないという彼女の発言は恐らく嘘だろうけど、俺のせいで自主練の時間を全く取れていなかったのは周知の事実だ。 


 ここは、彼女の望むようにしてあげるのが依頼者としての正しい立場と言えるだろう。


 ミヨリも俺と同じ意見だったようで、心配そうな表情を浮かべながらもアルセトの意思を尊重した。


 「自主練をする姿勢は大変素晴らしいものだけど、ほどほどにするんだよ?」

 「そんなに心配しなくても大丈夫だって! 自分の身体は自分が一番分かってるんだからさ!」


 アルセトは、えっへん、と威張るように腕を組む。

 するとミヨリは、アルセトの頭を優しく撫でながら彼女の意思を肯定する。


 「そうだね、それじゃあ自主練頑張ってね?」

 「ありがとう! ブラン先生に次の大会期待しといてって伝えておいて!」


 俺たちはアルセトの伝言を言付かると、訓練場であった草原から早急に立ち去った。


 ちなみに、俺の使用した木刀は元々プレゼント用で持って来てくれていたらしい。

 なんでも、「合格祈願パスライヴ」というアルセトの「能力付与エレスト・スキル」で運気が上昇しているだとか。


 ここまで良い状態を作ってもらったからには、絶対に試験は合格したい。


 「そういえば、これからブラン先生? という方にお会いしに行くんですよね? いきなり尋ねたら迷惑なんじゃ・・・」

 「でも、ブラン先生と会える時間は今日しかないでしょ? それに、問題が問題だから早めに相談しておきたいの」


 アポなしで尋ねるのは常識上、ルール違反だ。

 だからこそ、きちんとアポは取らなきゃいけないのだが、彼女曰く状況が状況らしい。

 というか、ブラン先生に相談する内容って一体何だろうか。


 先生の元へと向かっている最中に、彼女に相談内容を聞こうと尋ねてみたが、「ここでは話せない」と言われてしまったためにそれ以上聞くことはできなかった。


 そして、草原から歩き続けること三十分ほど経過した頃、俺たちは一つの建物の前に来ていた。


 不思議な幾何学模様で作られた、幅にして約三十メートルほどの大門に、「お屋敷」五つ分ほどであろう敷地面積に佇む巨大な城。


 いや、正確には「城」というよりも「マンション」に近い建物構造となっている。


 「あ、あの・・・ミヨリさん。ここは・・・?」


 彼女の表情を窺いながら尋ねていると、そこへ三人の女子グループがこちらへ向かって歩いてきていた。

 桃色のYシャツに真っ赤なスカートを履いた三人の女子たち。


 その姿を見て、俺は連れて来られた場所を彼女に言われる前に悟ってしまった。


 「ここがどこかって? もう説明する必要ないよね?」

 「はい、説明は——————」


 と、俺が言いかけている途中で三人の女子たちがミヨリの方を見るなり、口を揃えて言葉を放つ。


 「「「あ、会長! お疲れ様です!」」」

 「うん、お疲れ様。気を付けて帰ってね~」    

 「「「は~い」」」


 そう言いながら、ミヨリは軽く会釈をする女子たちに向けて手首を左右に震わせて背中を見送る。

 それからミヨリは視線の先を俺に戻すなり、ゆっくりと唇を開いた。


 「さて、それじゃあ、行こっか!」

 「え、今の説明はないんですか?」

 「今のって、一体何が?」


 不思議そうに首を傾げてるけど、なんだよ会長って。

 ミヨリが学校に通っているのは最初から分かっていたことだが、まさか生徒会長を務めていたことは聞いていなかった。


 でも、勇者だから生徒会長になったと考えみたら、そこまで驚くようなことじゃないか。

 ただ、あまりに突然のことだったから、つい驚いてしまっただけだ。


 「や、やっぱり何でもないです」

 「そう? それじゃあ、さっそくブラン先生の元へ向かいましょうか!」


 彼女に腕を引っ張られ、俺たちはブラン先生の元へと向かっていた。


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眠れる七獄の魔王 陽巻 @namihikari

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