第14話 過激な訓練
路地裏の一件から一時間ぐらい経過した頃、俺たちは昨日と同じ草原の上に立っていた。
変わらない景色に、変わらない草木独特の香り。
天候もタイムリープしていると思えるような、雲一つない真っ青な空が地平線の彼方まで続いていた。
「さて、目的地に着いたところで、さっそく練習を始めたいところなんだけど、まずはこれを説明してからだよね!」
アルセトはそう言うと、二本の木刀の内の一本を俺に差し出してくる。
この木刀が「聖能器」というらしいのだが、やはりどこからどう見たってただの木製の刀にしか見えない。
差し出される木刀をスッと受け取ると、彼女が「聖能器」と呼ばれる木刀について説明し始めた。
「さっきも少し説明したけど、ただの木刀に見えるこれは異能な力を付与できる特別な木刀なんだ! 人間が宿してる力は一般的に
「ということは、さっき木刀が紫色に変色してたのって・・・」
「うん、ボクの
なるほど、「聖能器」と呼ばれる理由とその使い方については、路地裏のことがあったおかげでかなり分かった気がする。
すると、アルセトは流れるように言葉を綴った。
「ボクの
「えっと、それってつまり、状況に応じて付与する能力を変えられるってことですか・・・?」
「そういうこと!」
え、何それ、最強やん。
自分の使いたい能力をいつでも意図的に変更できるって、そこらの騎士たちより強いのも納得過ぎる理由だった。
そんな思考を読み取ってか、アルセトの横で控えていたミヨリが呆れた様子で口を開く。
「アルセトの
「想像力が必要不可欠、と・・・」
「そう、あとは自分の身に耐えられる力しか付与することが——————」
ミヨリがそう言いかけたところで、アルセトは慌てて彼女の口を塞ぎに掛かった。
「ミヨリ、これ以上のネタ晴らしは、ボク許さないよ?」
「あ、ごめん・・・」
反省している様子のミヨリの頭を優しく撫でながらアルセトは微笑んでいる。
だけど、何だろう。
悲しそうな表情をしているように見えるのは俺の気のせいだろうか。
そんな違和感に襲われている俺に向けて、彼女はニッコリと笑って言葉を放つ。
「一度剣を交えた方が実感湧くと思うから、とりあえず始めよっか!」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
何だかスッキリしないが、今は訓練に集中しないと、せっかく教えてくれる彼女に大変失礼だ。
「ミヨリ、訓練始めるから昨日と同じように合図よろしくね!」
「それは構わないけど、ほどほどにするんだよ?」
「大丈夫だって! ほら、さっさと行った行った!」
アルセトはニコニコとした面持ちでミヨリの背中をグイグイ押しながら、俺との距離を徐々に離す。
そして、ミヨリがある程度離れた位置に移動したのを確認してから、アルセトは木刀先を俺に向けて構え始めた。
その姿勢に倣うように、俺も彼女に向けて木刀の剣先を向ける。
——————敵の攻撃を躱すポイントは、昨日教わった通りだ。あとは、攻撃する際の身体の使い方だけだ。
手本となるような防御から攻撃への転じ方は、路地裏で見せてもらった。
第三者という目線で、ある程度余裕を持って観察することができたから、あとは自分自身の力で見たものを吸収するだけだ。
できるか? 俺に?
いや、彼女も同じ人間だ、彼女に出来て俺に出来ないわけがない。
「それじゃあ、始めっ!」
ミヨリの開始の合図と共に、木刀に力を宿したアルセトが昨日と同じように斬りかかってくる。
———————大丈夫だ、俺ならできる・・・俺ならできる・・・俺ならできる・・・。
自分に言い聞かせるように何度も、何度も、自己暗示を掛けるように頭の中で意識させていたその時———————
『傲慢因子を体内に循環、補填を確認し、すぐさま実行に移す』
「傲慢」? 「色欲」の次は「傲慢」ってどういうことだ?
考えが及ぶまでもなく、その言葉の直後にアルセトの動きが突如常人の動きと同じように見えるようになった。
しかも、身体の底から力が漲ってくる感じが、どこか懐かしく思える。
この感じ、確か——————と、思い出した時にはすでに俺は声を上げていた。
「早く、逃げてください!」
しかし、すでに彼女は俺が持つ木刀に向けて己の木刀を振り上げようとしており、途中で攻撃を止められるような状態ではなく、そして——————
ズドンッッッッッッ!
アルセトが振り上げた木刀が触れただけなのに、なぜか俺と彼女が立っている地面が、鈍い音を立てて一瞬にしてクレーターのように陥没させて見せたのだ。
誰がどう見たって、常人が成し得る光景ではない。
「驚いたよ、マコトを傷つけずに木刀を振り払って勝とうとしたんだけど、まさかマコトの力が「
俺の元から大きく後ろに後退する彼女が、突然の出来事に目を真ん丸くしながら口を開く。
だが、彼女の言葉を耳にして、俺の中にあった疑問が一気に膨れ上がった。
一体どういうことだ?
確かに、この感覚はウェルゼンの時と同じものだ。
もし、これが彼女の言う「
もしかしてあの時、他にも力が働いていて——————と思っていた矢先。
「今は訓練中だよ! 考え事をしてる場合かな!」
「あ、ちょっと!」
木刀を逆手に持ったアルセトが、いつの間にか俺の懐に飛び込んでいた。
痺れるような電磁波が木刀を包み込み、鮮やかな紫色の光を発光している。
恐らく、これは先ほどのナンパ衆を退けた力と一緒だ。
逆手に持った彼女の一撃が脇腹に潜り込み、直後に持ち替えて胴、首、腰、再び胴と鮮やかな連撃を素人相手にも容赦なく浴びせる。
勝手に発動した「
剣筋をしっかり目で追えていた俺は、流れる連撃を全て弾き返し、その勢いでヒラリと彼女の背後を取って首筋に寸止めの一撃を食らわせようとする。
「ちょっとってば!」
だが、その一撃は彼女には当たらなかった。
俺の行動を読んでいたかのように、体勢を低くした彼女はクルクルと素早く二回転して勢いをつけると、俺が手に持つ木刀を強引に弾き飛ばそうとする。
その木刀からは紫光が綺麗に消えており、木刀と木刀が交わった瞬間、木製だと言うのにも関わらずにズッシリとした衝撃波が骨身を波打つように響き渡った。
先ほどのクレーターに更なる亀裂が入るぐらいの威力はあったのだが、それでも俺は決して木刀を離したりはしない。
「おっと、これはまずいね!」
体勢的に不利と感じたのか、彼女は素早く身を引いた。
しかし、なるほど、確かに彼女は「
先ほどの攻撃、「帯電」の能力を纏う木刀から、「
戦闘中にイメージを自由自在に膨らませる彼女の思考力には驚きしかない。
「まさか、勢いつけても弾き飛ばせないとはね。ボクの攻撃を防ぎ切って、そこからの攻撃もうまく転じられていたから、恐らく編入試験は合格できると思うよ!」
「こ、この力がない時にアルセトさんの攻撃を躱せないとダメなんです!」
「え、何でダメなの?」
「それは・・・その・・・」
何でって、そんなの一つしかない。
この「
今回はたまたま「
発動条件が曖昧な現状では、編入試験当日での能力の使用はあまりにもリスクが大きすぎるのだ。
だからこそ、「
「マコトの「
「・・・・・・」
何も言えなくなってしまった。
アルセトに真意を見事に突かれてしまったものだから、誤魔化すような言い訳が咄嗟に思いつかず、ただ黙り込むことしかできなかったのだ。
そんな俺の分かりやすい態度に彼女はニッコリと微笑むと、再び木刀を構え直した。
「まあ、なかなか言えない事情の一つや二つはみんな持ってるよね! それより、このまま訓練続行していいかな? 今この瞬間が楽しくてしょうがないんだ!」
「で、でも、力がまだ残ってて・・・」
「自分の意思で力のコントロールができないってことか。ふぅん、それなら!」
アルセトは大地を強く蹴り飛ばして俺との距離を徐々に詰めてくる。
どうやら、俺の意思は完全に無視されてしまったらしい。
素早く木刀を持ち直して彼女の攻撃を防ごうと構えたその時——————
「ちょっとって言ってるでしょぉぉぉぉぉぉ!」
けたたましい怒号と共に、直径十メートルを超える光熱放射線が俺と彼女の間を割って入るように地面に勢いよく突き刺さる。
そして、視界の直線上にいるアルセトの姿が見えるようになった時には、深さ二十メートルほどの大地が綺麗に削り取られており、周囲の草花は美しさの見る影もなく、炭のように真っ黒に焼き焦げていた。
「ちょっとミヨリ!? これ一体どういうこと!?」
かなり驚いた様子のアルセトの視線の先に沿うようにゆっくりと視界を動かしてみると、そこには白と黄の光のコントラストを絶妙な対比で彩るドレスを着た美女がこちらに右手の平を向けて静止しており、その背後には太陽のような眩い輝きを放つ剣の形をした六つの物体が円を描くようにゆっくりと回転してた。
眉尻がいつも以上に吊り上がっており、その鬼のような形相から分かるように彼女は激しく憤慨している様子だ。
「私、ちょっとって何回も言ったよね・・・?」
怒りを抑え込むような静かな声音で口にする彼女がグッと自分の目の前で握り拳を作ると、背後で浮遊していた光剣が空気に溶け込むように消えていった。
「ご、ごめん、ミヨリ。全然聞こえてなかったよ・・・」
「ふぅん? マコトはどうなの?」
「す、すみません。俺も聞こえてなかったです・・・」
怖すぎて、ミヨリを直視できないんだが。
アルセトも同じ感想だったのか、俺と同じように俯いていた。
そんな俺たちに向けて、憤慨した彼女からの説教タイムが強いられたのは言うまでもない話で——————
「アルセト、私言ったよね? 無理はしないでって。どうして無茶なことをするわけ?」
「ごめん、ミヨリ・・・」
「マコトもマコトよ。力は使わないようにって約束したよね? なんで力を使ったの?」
「俺も使いたくて使ったわけじゃなくて・・・」
あの時と同じように力が暴発してしまったと言っても信じてはもらえないだろう。
そう、信じてもらえないと思っていたのだが、彼女は俺の思い描いていた結末とはかけ離れた反応を見せたのだ。
「・・・なるほどね。それで、力の発動条件は分かったの?」
「いや、これと言って分かったことは特に何も・・・」
「そう・・・、何も分からない状況でこういうことを言うのも酷だと思うけど、あまり力は使って欲しくないかな」
「できるのなら、俺もこの力を封じ込めたいんですけど・・・」
それに力が発動した瞬間に、闇色の物体が出てくるんじゃないかと不安になるだけで寿命が縮まっている気がするので、俺も今の状態での力の使用はできるだけ避けたいと思っている。
だが、どのタイミングで力が発動するか未だ分かっていないので、自分の意思ではどうすることもできないのだ。
すると彼女は俺の元まで歩み寄ってくるなり、顔を耳元に近づけて「続きは後で話し合おう」と一言だけ告げてきた。
これ以上話すことがあるのかどうか疑問だったが、一応承諾しておく。
「ねぇ? 二人は何の話をしてるの?」
「アルセトには関係ない話だから気にすることないよ」
「ミヨリ? もう怒ってない?」
上目遣いでミヨリの様子を窺うアルセトの姿は、まるで道端で捨てられた子犬のようだった。
目尻を下げてシュン・・・と身を竦める彼女の様に、ミヨリは微笑みながら唇を開く。
「反省してなら、もう怒ってないよ」
「そっか、ならよかった・・・」
えへへ~、と頬をポリポリ掻きながら安堵したように微笑するアルセトの頭をミヨリは優しく撫で回す。
何だかこうして見ていると、この二人が姉妹に見えてくるな。
「それじゃあ、一旦ここで休憩挟もっか」
「そうだね! あとマコト、次からの訓練は少しレベル落とすけど大丈夫だよね?」
「はい、さっきみたいなのは俺にはまだ早いと思うので、もう少しレベル落して頂けると助かります!」
「オッケー! それじゃあ早く木陰に移動しよ!」
そして、俺たち三人は大木の木陰を目指してゆっくりと歩み出したのだった。
ちなみに、俺は今回の一件で痛感した。
女の子は怒らせないほうがいいと——————
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