第13話 ちょっとしたトラブル
さて、編入試験に向けた訓練生活は最終日を迎えました。
あまりにも早すぎる訓練生活の終止符にまるで実感が湧かない。
そう言えたら、どれほど格好良かっただろうか。
まだ一日しか経過していないのにも関わらず、俺の全身はすでに悲鳴をあげていた。
情けないことに、今まで使ってこなかった筋肉があまりにも多かったらしく、普段は気に留めることのないような部位から強烈な痛みが容赦なく襲い掛かってくる。
今回は二日という短い訓練期間だったから良かったものの、もしこの生活を一ヶ月とか続けていたら俺の身体はどうなっていただろうか。
身体上に余裕が無くて、とても情けなく思えてしまう。
「マコト! 朝だぞー!」
勢いよく部屋に入ってきたミヨリが、アラームよりもでかい声で俺を叩き起こそうとする。
だが、すでに俺は起床済みだった。
筋肉痛でなかなか寝付けなかったというのもあるが、もし彼女が昨日と同じように行動し出したら、今日の俺は確実に死ねる。
そう思ったから、早めに起きておいたのだ。
「もう起きてますよ、それより今日は昨日より早く集合でしたよね?」
「そうだよ、だから早く朝食取ってすぐにアルセトの元に向かうよ!」
「え、集合場所は昨日と同じ草原だったはずじゃ・・・」
昨日の練習が終了した際に、アルセトと同じ場所で早めに集合と約束をしていたはずだ。
間違えた約束の内容を記憶してしまったのだろうか。
するとミヨリは少々怒った様子で俺に告げてくる。
「今日は木刀を使った訓練するんでしょ! か弱い女の子に二本も木刀を持たせる気!?」
「あ、そこまでの気が回らず申し訳ありません・・・」
「はい、分かればよろしい」
何だか、このやり取りが懐かしく感じる。
いつかミヨリがシビアだと無意識のうちに錯覚してしまいそうになるほど、二人はよく似ていた。
もう、彼女はこの世界にはいないのに——————
「ほら、早く朝食食べに行くよ!」
「わ、分かりました!」
俺はいつも以上の速さで朝食を綺麗に平らげると、ミヨリが食べ終えるのを静かに待ち、彼女が朝食を食べ終えたらすぐに「お屋敷」を後にした。
俺は朝食を食べ終えてから彼女が食べ終わるまでにかなりの消化時間があったので、具合が悪くなったりしなかったのだが、食べてすぐに「お屋敷」を出た彼女は道中で具合を悪そうにしていた。
「ぎ、ぎもぢわるい・・・」
「大丈夫ですか? 一旦どこかで休みますか?」
「そんな時間ないでしょ・・・これは私の問題だからマコトは早くアルセトの元へ・・・」
「具合悪そうな人をほっとけるわけないでしょ。どこか日陰のある場所は——————」
彼女が休めそうな静かな場所を探していると聞き慣れた声が前方から聞こえてくる。
「あれ? 二人とも、こんなところで何してるの?」
そこにいたのは、木刀二つを一つの縄で縛って担いでいたアルセト本人だった。
どうやら、俺が木刀を替わりに持つまでもなかったらしい。
「木刀を二つ持ってくるの大変かなと思いまして・・・」
「そしたらミヨリがダウンしちゃったってこと?」
「えっと、アルセトさんを迎えに行こうと早食いして気持ち悪くなってしまったようで・・・」
「・・・・・・・」
やっていることがあまりにもアホ過ぎて、アルセトは笑いを必死に堪えていた。
まあ、迎えに行った挙句にダウンしてるのだから、笑いが込み上げてしまっても仕方のないことだろう。
「もう、ミヨリはボクのこと心配しすぎなんだよなぁ」
そう言うと、アルセトはミヨリに近づいて肩を貸すように担いだ。
「とりあえず、そこらの日陰いこっか。ミヨリをこのまま放置する訳にも行かないし」
「そうですね、あ、木刀持ちます!」
「そうだね、じゃあお願いするよ」
アルセトの片肩に担がれている木刀を受け取ったところ、重力値が狂ったかのように俺の全身にズッシリとした感覚が突然襲い掛かってきた。
理由は言うまでもなく、この二本の木刀だ。
こんな重い物を平然と担いできた彼女の肩は一体どうなってるのか。
というか、全然か弱くないじゃん。
「どうしたの? 早く行くよ!」
「は、はい! 分かりました!」
アルセトに誘導されるがまま、俺たちはすぐ近くにあった路地裏へと足を運んだ。
陽の光が全く当たっていないため、地面がひんやりと冷たく気持ちが良かった。
「ミヨリ、大丈夫?」
「ごめんね、訓練の邪魔しちゃって」
「全然大丈夫だよ、やろうと思えばここでも十分できることはあるしね! とりあえず、ミヨリはゆっくり休んでてよ」
「うん、ちょっと横になるね」
すると、ミヨリは俺たちの邪魔にならないように端っこの方で休憩を取り始める。
さて、ここからどんな練習をするのかとビクビクしながら彼女の指示を待っていると———————
「とりあえず、ボクの隣に座ってよ。マコトに聞きたいことがあるんだ」
彼女の口から聞きたいことがあると言われた瞬間、心臓がドクンッと大きく脈を打った。
もしかしたら、俺の正体がバレてしまったのかもしれない。
風の噂というのは、一日あればどこかで耳にしてしまうほど厄介な代物だ。
俺の場合、それを知られれば、もうこの国には居られなくなるわけで————————
「き、聞きたいことって何でしょうか・・・?」
そう言って静かに彼女の隣に座るが、この落ち着きのない心音がもしかしたら聞こえてるのではないだろうか。
まるで生きてる実感が湧かなかった。
しかし、その緊迫した状況もすぐに解けることとなる。
「うん、ミヨリからボクのことで何か聞いてたりする?」
「・・・・・・あ、はい。アルセトさんのことですか?」
一瞬何を言ってるのか理解できなかったが、とりあえず平然とした態度で彼女の質問に答えた。
「そう、何か聞いてたりするかな~って」
「確か、「剣舞の神継」がどうとかって」
「ボクが聞きたかったのはそういうことじゃないんだけど、知らないならいいや! それと、その称号みたいなやつ恥ずかしいから忘れてね?」
頬をポリポリと掻きながらはにかむ彼女が、何だか凄く可愛らしく見えてしまう。
だから、俺はすぐさま「はい、忘れます!」と彼女に向かって告げたその直後だった。
「おい、めちゃくちゃいい女じゃねぇか。そんなつまらなそうな男よりも俺たちと楽しく遊ばねぇか?」
アルセトとの会話に夢中になり過ぎていて、厳つい男三人が接近してきていることに全く気が付かなかった。
それだけじゃない、気がついたら背後にも三人と計六人の厳つい男たちに包囲されていた。
これはどこからどう見たって、ナンパ目的にしか見えない。
「お兄さんたち、ボクたちに何か用事ですか?」
「そりゃ、用事がなかったら声なんか掛けねぇよ。そんな事より、俺たちと良いことして遊ぼうぜぇ?」
「そんなダサい男なんかよりも、俺たちと遊んでた方が絶対に楽しいし、おまけに気持ちだろうよぉ?」
「それはそうだろうなぁ!」
一斉に笑い出すナンパ衆たちだが、何がそんなに面白いのか全く分からない。
というか、さっさと二人を連れて逃げ出したいところなんだが、どうやってこの包囲網から抜け出そうか・・・。と思考を巡らせていた矢先、彼女が突然動き出した————————
「お兄さんたち、本当にボクたちと遊びたいなら、これで勝てたら遊んであげるよ」
そう言って、アルセトはリーダー格っぽい男に向かって木刀を投げつけた。
すると男は、ニヤァと気色悪い笑みを浮かべながら唇を開く。
「こう見えて、剣の腕前はピカイチなんだぜぇ? 後悔しても知らねぇぞ?」
「うん、約束はきちんと守るよ」
「アルセトさん! いくら何でもそれは——————」
俺がそう言いかけた途端、この場においてアルセトの実力を知る唯一の存在が口を塞ぐように手を抑えつけてきた。
「アルセトに任せておけば大丈夫だよ、何も問題ないから」
「ミヨリさん! 安静にしてないと、また具合が・・・」
「私ならもう大丈夫。それより、ちゃんとアルセトの事をちゃんと見てた方が良いよ」
彼女はそう言うが、体格差は誰がどう見たって圧倒的に違うし、力負けしそうなのは目に見えて分かることだった。
今の俺に何ができるか——————と考えていた矢先、ついに野郎が動き出してしまった。
「さぁ! 俺たちと遊ぼうぜぇ!」
「ボクからもよろしく頼むよ!」
アルセトは右手に構える木刀を巧みに振るい、集中して剣先を彼の頭蓋に目掛けて向ける。
すると、木刀が次第に鮮やかな紫色へと変色していき、最高潮に達した時には木刀から空間を痺れさせるほどの電磁波が放たれていた。
「ハ! そんなもの何の脅しにもならないぜ!」
男はアルセトの木刀を弾き飛ばした後、胴に一発叩き込もうと腰に捻りを効かせて力を蓄えている。
剣の腕前はピカイチ、という彼の発言はどうやら嘘ではなかったらしい。
その太刀筋は、初心者が真似してできるような代物ではなく、地道な修練を重ねて作り上げた努力の結晶だとも言える。
でも、それはあくまで剣術歴の短い俺の評価でしかないわけだが。
「なるほど、確かに人並にはできるようだね! だけど——————」
アルセトは男の攻撃を難なく弾き返し、敵が描く二発目の剣の軌道さえも予測して素早く弾き飛ばしてみせた。
そして、ヒラリを相手を躱しながら背後を取った彼女は、その首筋に強烈な一撃を食らわせる。
「——————この程度なら、ボク、負けないよ?」
彼女の言葉と聞き届けたかのように、男は言葉の静止と共に無気力にその場に倒れ込んだ。
ピクリとも動かないことから、恐らく気絶しているのだろう。
男が持っている木刀を取り上げたアルセトは、他の連中に木刀を差し出しながら唇を開いた。
「次の相手は誰かな? いくらでも相手してあげるよ!」
「こ、この! もういいわ、この化け物め!」
「はいは~い、それじゃあ、ちゃんとこの人も持ち帰ってね~?」
アルセトに言われて、五人の男たちは気絶した大将を担いで、慌しい様子で路地裏から姿を消して行く。
ミヨリの言った通り、本当にアルセトに任せておいたら何も問題なかったな。
「ふう、二人とも怪我とかない?」
二つの木刀をゆっくりと地面に置きながら、彼女は俺たちの身の確認をする。
「あ、はい、アルセトさんのおかげで・・・」
「そう言うアルセトの方は大丈夫なの?」
「ボク? ボクなら全然大丈夫だよ!」
アルセトはグッと親指を突き立てて、問題ないことを最大限主張する。
にしても、彼女と出会ってからあれほどの剣技は今まで見たことがなかった。
当たり前だが、アルセトは俺相手に全然本気を出していなかったのだ。
あんな剣技を見せられた後では、どうしても自分の未熟さに嫌気が差してしまう。
だからこそ、気が付けば彼女に頼み込んでいた——————
「あの、アルセトさん。さっきの剣技で今回の練習相手になっては貰えないでしょうか?」
「え、マコト、本気で言ってるの?」
突然の要求にすぐさま口を開いたのは、アルセトではなくミヨリだった。
彼女の反応が一番最もらしい反応と言えるだろう。
ただでさえ、普通の剣術でアルセトの攻撃を躱せなかった俺が、ワンランク上のステージに挑戦していいはずがないのだ。
挑戦したところで、きっと俺は何もできない。
そんなことは自分が一番理解している、それでも——————
「無理なお願いだとは重々承知しています。ですが、自己の成長にはどうしても必要だと思うのです。だから、どうか——————」
そう言いかけたところで、アルセトがキョトンと目を真ん丸くしながら言葉を遮ってきた。
今更何を言ってるんだろうと言われているかのような表情をされながら——————
「言われなくても、最初からそのつもりだったけど?」
「あ、え、えっと、本当ですか?」
サラッと言われたものだから、ちゃんと返事するのに時間が掛かってしまった。
そんな俺に微笑み掛けながらアルセトは続きとなる言葉を放つ。
「うん、じゃなきゃ、「聖能器」なんて持ってこないよ」
「「聖能器」って・・・?」
「いやだな~、ボクが持ってきた木刀のことだよ! まあ、正確には特殊能力を宿せるように改良した武器の事を言うんだけど——————」
彼女は二本の木刀を拾い上げると、大通りの方へと徐に歩き始める。
「まあ、昨日の場所に着いたら教えるよ。ミヨリも元気になったみたいだしね!」
「元気にはなったけど。う~ん、「聖能器」を使う特訓は、あんまり気が乗らないな~」
「練習するマコトが良いって言ってるんだから、そこはちゃんと尊重してあげないと!」
「ん~、大丈夫かな~」
こんなにも心配するミヨリは初めて見た気がする。
彼女がそこまで心配するということは、アルセトの訓練は本当にやばいんじゃないか?
しかし、もしそうだったとでも、自分の犯した罪を償えるようになるためには、より高いレベルの練習を経験して力を身に付けた方が良いに決まっている。
もしかしたら、呪われた力の制御の方もうまくできるかもしれないから——————
そして俺たち三人は、昨日と同じ練習場へと歩み出したのだった。
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