第12話 訓練初日

 「んー、三日後ってことは実質二日しか訓練する機会がないってことだよね。だったら、剣術の内容を複合化させたトレーニングをするべきなのかな~」

 「トレーニング内容はアルセトに任せるよ」

 「んー、そうだな~」


 アルセトは悩ましそうに唸り声を上げながら訓練の内容を考えている。

 そんな彼女を見ていたら、何だか申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。


 剣術訓練においてやるべきことが沢山ある中で、優先的にやるべきことを絞らなければならないのに、それら全てを彼女に丸投げしている状態なのだ。

 申し訳ないと思わないわけがない。


 「あの、こういう事を言うのは依頼した身として大変おこがましいと思いますが、できる範囲で教えて頂ければ構いませんよ?」

 「んー、でも中途半端に教えても大した力にならないからな~」


 まあ、それはそれで仕方がないだろう。

 どう考えても伝えるのが遅かったこちらに非があるのだから、たとえ剣術が拙くなったとしても彼女が気に病む必要はどこにもない。


 それなのに、アルセトは最悪の現状と真摯に向き合った末に、トレーニング内容を何とか発案してくれた。


 「筋力アップと洞察力は絶対に必要だから、今日はとりあえずのボクの攻撃を躱し続ける練習をして、明日は木刀を組み込んだ実戦形式でやってみよっか!」

 「は、はい! よろしくお願いします!」

 「あんまりボクの訓練には期待しないでね?」


 彼女は苦笑を浮かべながらも大木の下に落っこちていた木の枝を拾い上げる。


 「こんなお願いされるなんて思ってなかったから、今日はこれで勘弁してね?」

 「いえいえ、お願いした俺がどうこう言う筋合いはありません! アルセトさんがそれで十分だと判断されたのなら文句は一切ありません!」

 「そう言ってもらえると助かるよ~。ミヨリ、今から訓練するから少し離れててね?」

 「分かったけど、あんまり無理しちゃダメだよ?」

 「大丈夫だってば~」


 心配そうな顔をするミヨリに、アルセトはへらへらしながら笑って答える。


 なんか、さっきからアルセトばっかり心配されてないか?

 ミヨリから俺への心配が微塵も感じられなかったのが、少しだけ悲しかった。


 「それじゃあ、準備は良いかな?」

 「は、はい! お願いします!」


 枝先をこちらに向けながら尋ねてくるアルセトに真剣な面持ちで答える。


 今日の訓練は彼女の攻撃をひたすら回避し続けるという内容だ。

 だから、俺は彼女が握る枝に全神経を注ぐ。


 「ミヨリ、合図をお願い!」

 「分かった、それじゃあ——————始め!」


 そして、彼女の合図と共にアルセトがグッと足場を力強く踏み込んで一気に距離を詰めてきた。

 大丈夫だ、彼女の動きをしっかり目で追えている。


 そう思っていたのだが—————


 「—————はい、ボクの勝ちね!」


 アルセトの一言で、ハッと我に返る。

 どうやら決着は予想外にも一瞬で付いてしまったらしく、何が起こったのかがまるで理解できていなかった。


 確かに彼女が斬りかかってくる姿をしっかり目で捉えられていたはずなのに、気がついた頃には枝の先が目先に突きつけられていたのだ。


 「一体、何が・・・」

 「そうだね、今どこを警戒して見てたかな?」

 「攻撃を警戒しようと枝の先を集中的に見てました・・・」


 すると彼女は、「それっ!」と言わんばかりに人差し指を俺に向けてくる。


 「そう! 最初は攻撃を回避しようと矛先しか見えなくなっちゃうんだよね! だからこそ、攻撃を繰り出す時の武器の原動力は一体どこにあるかを頭の中に入れておくことが重要なんだ!」

 「武器の原動力・・・・・・つまり、武器じゃなくて人の動作を見た方が良いってことですか?」

 「ピンポーン! その通り!」


 アルセトはニッコリを微笑みながら俺の意見を全肯定する。


 なるほど、確かに最初は矛先が当たらないようにと武器に集中力を全て注ぎ込んでしまいがちになるが、彼女曰くそれは間違った認識らしい。

 剣が振るわれる原動力、すなわち剣を振るう人間の動きを重視しなければならないという。


 だとしたら、次からは矛先ではなく彼女の動きをしっかり目で捉えればいいのだ。


 「すみません、もう一度いいですか?」

 「オッケー! それじゃあもう一回行くよ~」


 そう言って俺から再び距離を置く彼女の背中を眺めながら、もう一度頭の中で情報を整理する。


 剣先ではなく、彼女の動きをしっかり見る。

 足の動き、手首の動き、肩の動き、腰の動き、全ての動作の一瞬でも見落としてはならない。

 大事なのは、相手の動きをよく観察すること。


 今はそれだけを頭の中に叩き込んで訓練に臨まなくては。


 「それじゃあ、ミヨリ。もう一度合図よろしく!」


 そして、彼女が再び訓練の開幕の合図を口にすると、アルセトは先ほどとは違ったパターンで攻撃の手に出てくる。

 俺との距離を保ちながら背後に回ろうとするのだが、そんな簡単に背後を取らせるわけがない。


 彼女の動きをしばらく観察していると、何の前触れもなく彼女が突然動き出した。

 右足を大きく踏み込み、俺との距離を一気に縮めてくる。


 だが、集中して観察していたおかげで、すぐに彼女が接近してくるのが分かった。

 それ以外に特に目立った動作は見受けられない。


 ということは、つまり——————


 —————刺突攻撃か?


 そのまま突進してくるとなれば刺突攻撃以外ありえない。

 そう思って攻撃を受け流そうとしたその時だった。

 アルセトは約十メートルの地点で徐々に腰をねじり始めたのだ。


 —————まさか、これって!?


 それから一秒も経たずに彼女の攻撃は刺突から横斬りにすぐさま切り替わる。

 突然の出来事ゆえに思考が体の反応速度に追い付かず、俺は何とか攻撃を躱そうと後ろに倒れ込むことしかできなかった。


 体勢を崩したその一瞬を見逃すことなく、彼女は俺の眉間にすぐさま枝先を突きつけてくる。

 結果的には、またしても彼女に一本取られる形となって終わってしまった。


 「ふむ、洞察力はなかなかのものだね! 初心者にしてはよく相手の動きを追えてると思うよ?」


 枝の武器を眉間の先からゆっくりと降ろし、尻もちをついている俺に手を差し出してくる。


 「でも、まだまだです。目で追えても体がついてこなくちゃ意味ないです」

 「そりゃそうだ、だからこれからはなるべく多く対人の経験を積んでいくしかないね!」


 アルセトの手を取り、地面についていたお尻を一気に離陸させ、彼女と対面する形で立ち上がった。

 彼女の言う通り、反応速度は経験を重ねていくしか身に付かない技術だ。

 それに、アルセトの攻撃を観察したことで気づいたことなのだが、彼女の動きに決まった型が存在しない。


 つまり、ある程度どう動くのか予測を立てて行動しないとならないのだ。


 それだけじゃなく、動きの中で攻撃の型が変化していくものだから、それなりに体幹も必要になってくる。

 攻撃を躱す身としてはかなりしんどいが、彼女ほど訓練相手に打って付けの人材はいないだろう。


 「すみません、もう一度いいですか?」

 「いいよー! 一度じゃなくて何百回でも付き合うよ!」


 そして俺はアルセトの指導のもと、数時間に渡って洞察力、予測力、体幹に重要な筋力をつけるために、ひたすら練習に励んだ。


 十五分休憩を挟みながら訓練をしていたので、回数的にそれほど多くはできなかったのだが、回数を重ねたおかげで何となく感覚を掴んできたのか、この短時間で彼女の攻撃を見切れるようになった。


 だけど、彼女の猛追を最後まで躱し切ることが一度もできずに、本日分の練習は終了してしまったのだった。


 ちなみに、一夜明けた翌日に筋肉痛になったのは言うまでもない話だ。


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