第11話 アルセト=ゴード
集合場所は「お屋敷」から徒歩一時間程度先の草原だった。
青々と茂る草木が穏やかな風に吹かれ、草木特有の香りが鼻腔全体にゆっくりと広がっていく。
天候の方も、雲一つない「快晴」ということで、まさに訓練日和だと言えた。
「にしても、ちゃんと五前に来るんですね」
「当たり前でしょ? 五分前行動って習わなかった?」
「修学旅行とかのお約束ですよね、懐かしいです」
「それね! また修学旅行に行きたいよね~」
「そうですね~」
などと、気がついたら普通に会話できるようになっていた。
なるほど、話題に困ったら互いに共通する話を出せばいいのか。
前世の俺は、友達作りの際に自分の話しやすい話題しか出さなかったから、友達ができなかったのだ。
ミヨリとの会話の中で、俺の会話術が大幅にレベルアップした気がする。
「あ、もう来てるっぽいね」
そう言って彼女が視線を向ける先に、大木の下でこちらに背を向けて待っている人影が見えた。
どうやら、アルセトさんも五分前行動をきちんと守る人らしい。
「それじゃあ、行こうか」
「は、はいっ!」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だってば~」
裏声で返事する俺に、彼女はクスクスと笑いながら告げてくる。
いや、初対面の相手に緊張しないわけがない。
少なくとも、俺はそう言う人間だ。
そして一歩ずつアルセトさんの元へと近づいて行き、彼女が後ろから声を掛ける。
「アルセト、ごめん待った?」
「あ、ミヨリ。ボクも今来たところだよ~」
そう言ってミヨリの呼びかけに答えるアルセトに違和感を覚える。
ボク、という一人称で話す人は普通にいるからそこは別に問題じゃない。
問題なのは、その「容姿」だ。
振り向きざまに靡いた、背広に垂れる闇色の長髪に、純粋無垢という言葉にピッタリの丸っこいサファイアの瞳。
背丈は百六十センチメートルにも満たない小柄な身長で、白いTシャツに黒のショートパンツとかなりラフな格好をしていた。
だが、全てを差し置いて驚愕すべきなのは、そのTシャツに浮き出ている二つの凹凸だ。
これが、アルセトという人物像を物語っているわけで———————
「えっと、ミヨリさん・・・? こちらの方がアルセトさんですか?」
「そうだよ、ボクがアルセト=ゴードその人だよ!」
ミヨリに投げかけたはずの質問に、わざわざアルセトさんご本人が答えてくれた。
しかも眩しいほどの可愛らしい笑顔を向けられ、俺の中にあった疑惑が確信へと急変する。
「アルセトさんって女の子だったんですか!?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ! てっきりごっついおっさんかと」
「女の子のボクじゃなくて、ゴリゴリのおっさんの方が良かった?」
「あ、いや・・・、アルセトさんの方が断然いいですけど・・・」
ゴリゴリのおっさんより、女の子の方が良いに決まってる。
訓練する上で、ゴリゴリのおっさんだと根性精神が染み付いていそうでかなり怖いからな。
「アルセトはそこらの騎士なんかよりかは桁違いに強いんだよ?」
「そうなんですか?」
「ミヨリにそこまで言われると照れるな~」
「まあ、アルセトが強いのは事実だから」
褒められ過ぎて恥ずかしくなったのか、アルセトは咳払いを一つした後に話を切り替えた。
「そういえば、ボクに何か用事あったんだよね?」
「あ、そうでした!」
彼女に脳天が見えるように、俺は頭を深々と下げてから頼み事を口にする。
「どうか、俺に剣術を教えてください!」
「え、ボクが剣術を教えるの!?」
かなり驚いた様子で、彼女はそう口にする。
いきなり剣術を教えてくださいってお願いされても、彼女からしたらただの迷惑でしかないのは最初から分かり切っていたことだ。
だからこそ、俺は彼女にお願いすることしかできなかった。
「私からもお願い。彼をどうしてもアンガード学園に入学させたいの」
「それって、つまり編入試験の実技に合格できるように協力して欲しいってことだよね?」
ミヨリはそれ以上のことは言わずに、ただ無言で頷いた。
当然だが、もしここで断られたら他の人を早急に探さなければならない。
しかし、そんなことを考えてるうちに、アルセトは悩ましく唸ることなく要望にあっさりと応えた。
「ボクでよければ別に教えてもいいけど、君はそれでいいの?」
「一切の問題はありません! ご指導のほどよろしくお願いします!」
「分かったから、もう頭を上げてよ~」
彼女に言われて、俺はゆっくりと頭を上げる。
すると、彼女は腰に片手を当てながら呆れたように言葉を放つ。
「もし不合格になったとしても、ボクの責任にしないでよね?」
「そんなこと絶対にしませんよ!」
「アルセトの教えでダメだったら、マコトに素質がないだけの話だから気にせず鍛え上げちゃっていいよ」
アルセトが責任を感じないようにと冗談を言っているのは分かっているのだが、何だかかなり傷つく言い方だな。
ともあれ、ここからは彼女の剣術をどこまで吸収できるかという、己との勝負になってくる。
ミヨリにここまでしてもらったからのだから絶対に合格したい。
そう意気込む俺に向かって、アルセトは微笑みながら唇を開く。
「それじゃあ、さっそく訓練を始めようか!」
「はい、よろしくお願いします!」
「ところでミヨリ、試験までどのくらい時間あるの? さっそく訓練スケジュールを組みたいんだけど」
「あれ、言ってなかったっけ? 試験日は——————」
そして、ミヨリの口から放たれた言葉の意味を、俺とアルセトは一瞬理解できなかった。
というのも、あまりにも馬鹿げた話だったからだ。
「——————今日を含めて、三日後だよ」
三日後・・・・・・三日後!?
今日を含めてって、実質あと二日後じゃん!
そんな短期間で剣技の術を身につけるなんてできるとは到底思えない。
「ちょっと、ミヨリ! たったの二日で試験合格まで育てろってこと!?」
どうやらアルセトも俺と同じ意見だったようで、たったの二日で剣術を習得するのは無理だと考えているのだろう。
剣術において、初心者をそれなりの経験者にするのにはかなりの時間を費やさないといけないと聞いたことがある。
小耳に挟むぐらいの常識を、ミヨリが知らないとは思えなかった。
「そう、アルセトにはマコトを試験合格まで導いて欲しいの。二日しかないけど!」
「ミヨリ~、二日じゃ無理だよ。体を鍛え上げるにはそれなりの時間が必要になるんだよ!?」
「知ってる、だから私はアルセトに頼んだの。剣技での強さが一番の理由だけど、体の鍛え方も誰よりも知ってるでしょ?」
「まあ、確かにそうかもしれないけど・・・」
何だかこうして見てみると、アルセトがかなり可哀そうに見えてくる。
依頼してるのはこちらなのに、何でミヨリの方が強気なのだろうか?
だけど、アルセトが剣術だけでなく体の鍛え方も知っていると言うのなら、ぜひ教えて頂きいものだ。
「お願い、アルセトだけが頼りなの!」
そう言って、アルセトの両の手を取ってお願いするミヨリ。
すると、アルセトは溜息を交えながらミヨリに告げる。
「はぁ~、できる限りの努力はするけど、どうなっても知らないからね?」
「ありがとう! でも、体にだけは気を付けてね?」
「それ、これから訓練を受ける俺が貰うべき言葉じゃ・・・」
「マコトはボロボロになるぐらいがちょうどいいの!」
何か、俺の扱い酷くないか?
そりゃあ、男と女って性別は違うけれども、もう少し優しくしてくれても良いんじゃないだろうか?
そんな酷な事を口にするミヨリに、アルセトは優しくチョップを入れる。
「コラ、ミヨリ。誤魔化したいことがあるからって酷いこと言っちゃダメだよ?」
「え、誤魔化したいこと、って? 一体私が何を誤魔化しているというのかな?」
「そりゃあ、ね~?」
アルセトは「ボクはミヨリが隠してること知ってるよ?」と言わんばかりにニヤニヤとした面持ちで彼女を見上げている。
そんな彼女に図星を指されたかのように、ミヨリは単純にもボンッと顔を真っ赤に腫らしながら急に話を逸らし始めた。
「さ、さあ! 早く練習しましょうか! 時間が勿体ないからね!」
そんなミヨリにアルセトはやれやれ、と力なく笑った後に、さっそく訓練のスケジュールを組み立て始めた。
とりあえず、たった二日しかない剣術訓練は無事に始まりそうで何よりだ。
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