第10話 一夜明けたら・・・

 彼女が俺を拾ってくれてから一日が経ちました。

 実はあの後、彼女は寝床まで用意してくれました。


 だから俺は「流石に男女一つ屋根の下で寝るのはどうなのだろうか?」と彼女に告げたところ、「マコトのエッチ! 別々の部屋で寝るに決まってるでしょ! この変態!」と早とちりした彼女に罵られてしまったわけですが、まあ彼女も彼女なりにちゃんと相手を選んでいるようなので安心しました。


 なのに、何ですか? この状況。


 —————どうしてミヨリが俺のベッドに潜りこんでいるのでしょうか?


 今日はミヨリがセッティングしてくれた剣術訓練をするという予定だったので、少し早めに起床したのですが、気づいたら彼女が俺のベッドに背中を向けて無防備な姿で寝ていました。

 何だか、俺が仕組んだような言い方にしか聞こえませんが、決して俺は何もしていません。


 本当です、信じてください。


 ——————というか、マジで殺されかねない・・・さっさとこの部屋から出てった方が良さそうだ。


 今の俺には、無防備に寝ている彼女に発情する余裕は一切なかった。

 この状況、俺は何も知らないと言っても信じてもらえる自信がない。

 もし、今彼女が起きてしまったら有罪は確実。

 だから、さっさとこの場から立ち去ろうと掛け布団を剥ごうとしたのだが——————


 「んんー・・・」

 「ちょ、ちょま・・・!」


 なんと、寝返りをした彼女が俺にいきなり抱きついてきたのだ。

 しかも、女らしからぬ力で俺の行動を拘束する。

これでは、ベッドの外に出て行こうにも出ることができない。


 ——————なんか、良い匂いする・・・


 こんな至近距離で女の子の匂いを嗅いだことなんて一度もない。

 幼馴染のシビアでも、こんなシチュエーションに陥ったことなんてなかった。

 だから、こんなにドキドキするのだろうか?


 ——————って、じっくり考察してる場合じゃないだろ!


 甘い誘惑に惑わされる前に、自らの意思で断ち切ってやった。

 よし、まずはこの拘束をどうにかしなければ、と思った矢先——————


 「うん~?」


 眠たそうな眼をゴシゴシと擦り、彼女がゆっくりと瞼を開こうとする。

 流石にこれはもう、手遅れだ。

 緊急避難対策として、俺は必死に寝たふりをする。


 目を閉じているせいで、今どんな状況になってるか皆目見当もつかないが、抱きついていた彼女がゆっくりスッと離れていくのが分かった。


 —————何事もなかったように、部屋を出てってくれ・・・!


 だが、扉の開く音が一向にしない。

 何となくだが、ミヨリがまだベッドの上にいる気配を感じた。

 どうやら、御地蔵様のようにその場からピクリとも動いていないらしい。

 そして、ようやく彼女が動き出す——————


 「・・・・・・」


 ミシミシと軋む音を立てながら、彼女が無言でベッドから降りていくのが分かった。

 どうやら、何事もなかったように部屋から出て行ってくれるようだ。


 —————助かった・・・・・・


 ホッと胸を撫で降ろした、その時——————


 「マコト~! もう、朝だぞ~!」

 「ぐぇっ!」


 人間って、本当にカエルのように鳴けるんだな。というのはかなりどうでもよくて、今は彼女に馬乗りされているこの状況を何とかしないといけない。

 まあ、とりあえず今まで寝ていた風を装うとしよう。


 「な、なんですか・・・こんな早朝に訓練するんですか・・・?」

 「昔から早起きは三文の徳って言うでしょ? ほら、さっさと起きる!」


 そう言うと、彼女は俺に掛けられていた布団を無理矢理剥がそうとする。

 というか、彼女の言動に違和感を覚えたのは俺だけだろうか。

 まるで、羞恥心を無理矢理掻き消そうとしているような感じがした。

 心なしか、頬が少しだけ紅潮しているような気がする。


 乱れていたはずの服装もきちんとなってるし、恐らく何も知らなかったことにしろと言うことなのだろう。

 まあ、変な疑いを掛けられたくなかったので、最初から墓場まで持っていくつもりだったけど。


 「そう言えば、今更なんですけど、アルセトさんに剣術訓練お願いしてくれたんですか?」

 「いや? まだしてないけど?」

 「あぁ、そうなんですか・・・・・・って、まだ!?」


 こんな感じでパッチリ目覚めました感を出してみたのだが、もし眠気があったとしても吹き飛んでいたに違いない。

 そのぐらい、彼女の発言には破壊力があった。


 「マコトの訓練なのに、私がお願いしたら意味ないでしょ?」

 「まあ、そうですけど、俺アルセトさんどこに住んでるか知らないですし・・・」

 「集合場所と時間は伝えてあるから、そこに行けば会えるよ。大丈夫、心配しなくても私もついて行くから」

 「・・・・・・」


 彼女の言い分も一理ある。

 剣術訓練をするのはあくまで俺であって彼女ではない。

 だから、俺がアルセトさんにお願いするのは常識的に考えて当たり前なのだ。


 でも、前もって集合場所と時間の相談をしていたのなら言ってくれても良かったではなかろうか。


 「集合時間までまだ時間あるけど、どうする?」

 「どうするって言われましても、とりあえず—————」


 俺は向き合う形で座り込む彼女の瞳から、ゆっくりと下に視線を逸らしながら言葉を綴った。


 「—————えっと、服、着替えなくていいんですか・・・?」

 「・・・へ?」


 俺の一言で、自分の格好を思い出したのか、紅潮していたミヨリの顔がトマトのようにだんだんと赤く染まって行く。

 いや、そんな可愛らしい寝巻きを着て、そんな恥ずかしそうな顔されたら、こっちまで恥ずかしくなってくるんだけど。


 「わ、私! 着替えてくるねっ!」


 顔を真っ赤に染め上げたミヨリが扉を破壊する勢いで飛び出して行く。

 なぜ彼女がこの部屋で寝ていたのかという謎だけを残して—————


 「さて、俺も準備するか・・・」


 とは言ってみたものの、考えてみたら持ち物が一切ないから準備するまでもなかったので、ただボーッとその時が来るのを待った。

 そして、俺たちは数時間後に朝食を取り、集合時間の一時間前になったら「お屋敷」を一緒に出る。

 その長い間、会話は一切なかった。


 ——————さすがにこれ、気まず過ぎないか・・・?


 無言の空気に耐えられなくなった俺は、前を歩き続ける彼女に向けて何か話題を振ろうとひたすら考えてみる。

 だけど、女性経験が浅いせいでこの状況で何を話したらいいのか、まるで分からない。

 前世の俺は愚か、こちらの世界の俺もシビア以外の異性と話をする機会がなかったため、状況は最悪、いや絶望的だった。


 ——————どうしよう、一体何を聞けばいいんだ?


 そんなことを考えている時だった。

 なんだか、住人からの突き刺すような視線が痛く感じる。

 まさか、これって——————


 「あ、あの、ミヨリさん。何だか視線を痛く感じるのですが、まさか俺の正体がバレてるんじゃ・・・」

 「・・・・・・」

 「あ、あの、ミヨリ、さん?」

 「・・・・・・」


 いくら呼びかけても彼女から一切反応がない。

 もしかして、気が付かないうちに何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか?

 だとしたら、今朝の件以外考えられないのだが、むしろあれは俺の方が被害者だった。


 でも、現に彼女は怒っているのだから、もしかしたら何かやらかしてしまったのかもしれない。

 とりあえず、ちゃんと謝ってから怒ってるわけを聞くとしよう。

 俺の抱える不安を相談するのはそれからだ。


 「あ、あの、ミヨリさん?」


 そう言いながら、彼女の肩をちょんちょんと指先で叩いてみた。

 さすがに、知り合ったばかりの女の子の肩を平手で大胆に触れるような勇気はなかった。

 そう、勇気がないなりに頑張って触ったのだが———————


 「ウギャアアアアアア!!!」

 「うわぁ! ごめんなさいっ!」


 美女らしからぬ悲鳴に、思わず謝ってしまう。

 やっぱり、気が付いてもらえるまで声を掛け続けるべきだった。


 「い、いいい、いきなり触られたら、び、びびびっくりするじゃない!」

 「気づいてもらえるまで声を掛けるべきでした! 気安く触ってすみませんでしたぁ!」


 腰を九十度に折り、精一杯謝罪の意を示す。

 そんな俺に向けて、彼女は手でパタパタと顔を仰ぎながら口を開いた。


 「私の方こそごめん、いきなり変な声上げて。恥ずかしくて顔熱いや・・・」

 「いや、俺が悪かったんです。気付いてもらえなかったからといって、軽率に触った俺が悪かったんです! 本当にすみませんでした!」

 「わ、私も悪かったんだから・・・。だから、もう顔上げてよ・・・みんな見てるから・・・」


 彼女に言われて顔を上げてみると、確かに皆さんもの珍しそうにこちらを窺っている。

 まあ、路上の真ん中でこんなやり取りの一つもしてたら、嫌でも注目されるよな。


 「本当に、重ね重ねすみません・・・」

 「も、もう! いいから行くよ!」


 そう言って彼女は、また先へと行ってしまう。

 もう、余計なことをするのはやめた方が良さそうだ。

 そして俺たちは、住民の刺すような視線と戦いながらアルセトさんと待ち合わせている集合場所へと向かって行った。


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