第9話 エルガルデ王国での出来事
さて、やって参りました「エルガルデ王国」。
規模にすると、およそ東京都一個分ぐらいはあるそうだ。
「ウェルゼン大国」と比べたら、かなりでかい。
だが、街並みは「ウェルゼン大国」と差ほど変わりはなく、地面に舗装された石畳にコンクリートで作られた家々。
まさに、西洋の街並みを手本にしたかのようだった。
「とりあえず、何事もなく無事についてよかったね」
「そうですね、何事もなくて良かったです」
「さ~て、それじゃあもう、これは必要ないかな」
ミヨリがそう言った途端、眩い光が彼女を覆い隠し、数秒もしない内にその美しい姿を再び露わにする。
そこに現れた彼女は、先ほどまでの服装とは違い、白のキャミソールワンピースとかなりラフな格好をしていた。
「こ、これは・・・変身、ですか・・・?」
突然の出来事に戸惑う俺に、彼女はクスクスと笑いながら言葉を放つ。
「まあ、変身かって聞かれれば、変身って言えるかな~。「天霊勇者」にはね、大天使の力が宿っていて、その大きな力を使うには全身に
「なるほど、大きな力を使うには全身に纏わないとコントロールできない、ということですか」
「ピンポーン! 正解!」
なるほど、ということは、俺の呪われた力も大天使の力と同様、全身に纏えばコントロールが効くようになるんじゃなかろうか?
いや、そもそも何を以ってあれが表に顔を出すかが分からない以上、下手な真似はしない方がいいか。
もし、仮に纏って力が抑えられなくなったら、また人を傷つけることになる。
それだけはもう、マジで勘弁だ。
「どうしたの? そんな暗い顔して」
「いや、何でも・・・にゃい!?」
思わず変な声が出てしまった。
でも、出してしまうのも無理ないだろう。
俺を覗き込むように下から窺うワンピースの首元から、二つの果実が顔をチラッと覗かせていたのだから。
「どうしたの? 大丈夫?」
「な、何でも、何でもないからっ!」
「あ、そう? なら良いんだけど・・・」
俺が咄嗟に彼女と距離を取ると、ミヨリは後ろに手を組みながらゆっくりと上体を起こした、その時だった——————
『色欲因子を体内に循環、補填を確認し、すぐさま実行に移す』
このタイミングで奴の声が脳裏を貫通する。
流石にこれは、まずい。
「ミヨリさん! 俺から離れて—————」
そう言いかけた途端、ミヨリの声が俺の鼓膜を振動させる。
あまりにも、あからさま過ぎてすぐに異変に気が付いた。
ミヨリが口を開いて言葉を発しているのにも関わらずに、別の言葉が同時に聞こえてくるのだ。
「マコト? 本当にどうしたの?」
『具合、どこか悪いのかな・・・?』
「いや、やっぱり何でもないです!」
「そうなの、ならよかった・・・」
『でも、一応病院に行った方が良いのかな?』
「いや、病院は結構です!」
「え?」
「え?」
何が何だかさっぱり分からなくなってきた。
だが、病院だけは阻止しなければならない。
「まさか病院代気にしてるの? なら心配しなくても大丈夫だよ?」
『あそこの病院、医療機器充実してるし、私がついていればタダだから心配しなくていいのに・・・』
「その充実した医療機器がなんだか恐怖に聞こえて仕方がないんですけど・・・」
「・・・・・・ねぇ、マコト? 一つ聞いていい?」
ミヨリは苦笑いを浮かべながらゆっくり口を開いた。
「あなた、どうして私の考えてることと話してるの?」
「え、考えてること?」
「うん、病院の話からそうだけど、マコト私が口に出していないことと話してるよ」
「うそ・・・」
「ほんと・・・」
心を読まれた彼女も驚きだが、当の本人も驚きである。
当然、俺には人の心が読めるような才能や力はない。
だとしたら、やはり身体に異変が生じる際に聞こえる何者かの声が、何か関係しているとしか思えなかった。
だが、今まで誰かの言葉が聞こえた瞬間、暴走する力を抑えることができずに人を傷つけていたはずなのに、今回に限ってはそれがまるで感じられない。
————「色欲」とか言ってた気がするな・・・それと何か関係があるのか?
思考を巡らせていると、ミヨリが俺の視界の先で手を振り始める。
「もしもーし、本当に大丈夫?」
「あ、ああ、体には異常ないので大丈夫です!」
「・・・・・・」
「あ、あの・・・ミヨリ、さん?」
「良かった、もう心の声は漏れてないようだね」
どうやら、彼女は俺に心を読まれているかテストしていたようだ。
そう言えば、彼女の言葉が二重になって聞こえる現象はなくなっていた。
何を考えていたのか気になるところだが、どうせ聞いても教えてくれないだろうから、スルーの方向でいいだろう。
それより重要なのは————
「それじゃあ、陽も落ちてきたことだし、そろそろ宿舎に向かうとしましょうか。訓練は明日から始めるってことで」
「わ、分かりました・・・」
「なーにー? もしかしてビビってるの?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ・・・」
「なら、よろしい」
ミヨリは後ろで手を組みながら、俺を取り残して先に歩いて行く。
すかさず彼女の背中を追うようについて行ったのだが、俺の心の中には靄が残ったままだった。
その靄の正体は言うまでもなく———————彼女が俺の力に関して何も聞いてこないということだ。
「ウェルゼン」で出会った時からそうだが、彼女の口からは俺の力についての一切合切の質問がまるで出てこない。
大国を滅ぼした時にどんな力を使ったのかとか、心を読んだ時にどんな力を使ったのかとか。
普通なら問い詰めるところなのに、彼女の口からはそれがまるで出てくる気配を感じられないのだ。
心に異物感を残したまま、俺たちは薄暗くなった街道を直列で歩いていく。
そして、歩くこと三十分ぐらい経った頃だろうか。
彼女の言う、「宿舎」が今まさに俺の目の前に佇んでいるわけなのだが、雰囲気が他の宿とかなり違かった。
煌びやかな装飾が施された玄関前に、お洒落な外灯。
そして何より、他の宿との違いを格付けるのは、サッカーグラウンド並みの庭園だった。
「宿舎」でもなければ「ホテル」でもなく、どちらかと言えば——————
「それじゃあ、さっそく中に入りましょうか」
「あ、はい・・・」
彼女に言われるがまま建物中に入ると、第一声がもはや「宿舎」や「ホテル」の挨拶ではなかった。
「ただいま、戻りました」
「おかえりなさいませ、ミヨリ様、夕食の準備はすでに整っております」
「そう、あと一人前追加お願いできるかしら?」
「かしこまりました」
そう言い残して、黒のタキシードを着こなした老人が建物の奥へと姿を消して行った。
え、なにこれ。「宿舎」じゃなくて、完全に「お屋敷」じゃん。
すると、ミヨリは気持ちよさそうに背伸びをしながら戸惑う俺に告げる。
「まあ、我が家だと思ってくつろいでよ」
「え、説明なしですか!?」
「何が?」
「何がって・・・」
まるで俺が変なことを言っているかのように、彼女は目を丸くして首を傾げる。
何か、どうでも良くなってきたな。
「まあ、ここに居ればお金の心配はいらないから」
「いや、お世話になった分のお金はちゃんと後でお返しますよ」
「大丈夫だよ、私一応勇者だし、生活費用全て国が負担してくれるから」
「いや、尚更ちゃんとお金を返さなくてはならないのでは?」
今置かれている状況的に、勇者に媚びついて住まわせて貰ってることへの罪悪感しか覚えない。
だから、彼女が何を言おうと俺には返済義務がある。
そう、彼女が何を言おうと——————
「マコトの心構えは大変素晴らしいんだけど、料理とかもの凄く高いもの使ってるらしいよ? なんでも一年間労働して食べられるかどうかとか・・・」
「・・・・・・」
具体的な金額は言われていないものの、聞いた限りでは今年十六歳になった俺に稼げるような金額ではないことは確かだった。
十六歳ではローンを組むこともできない。
というか、そもそもローンというシステムはこの世界に存在しているのだろうか?
今まで生きてきた十六年の中で一度も聞いたことないが。
「もう、そんなこと気にしなくていいんだよ! 私が招いたんだからご飯の一つ出すのは当たり前でしょ?」
「まあ、そうなんですけど・・・」
「本当に無駄なところで真面目なんだから」
「あ、あははは、それほどでも・・・」
「褒めてません」
そして、俺は彼女に頭が上がらないまま夕食を頂くことにしたのだった。
ちなみに、味の方は緊張し過ぎて分からなかった。
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