第10話 君が嫌なのわかってるけど、告白させてほしいんだ
そんな調子で、とにかく何とかして男性と付き合い、その男性を上手い具合に性欲感情を向けない方向で折り合いをつける方法を見つけるしか解決法がないと思い至った私だったが、やはり気は進まなかった。
出来ることなら恋愛をせずに平穏に暮らしたいと思っていたのだが、そうは問屋が卸さないのである。
ここから少し時は戻る。
夏目さんと付き合っていた頃、私は『一年間頑張ったけど結婚相手が見つからなかったという結婚出来ない根拠を作るため』にお見合い協会へ登録したわけだが、転職した後もまだその一年が経っていなかったため、お見合い活動は続いていた。
当時あまりにも結果が出ない私に対してお見合い協会の人達は、
「Tシャツにラフなズボンなんて格好だからいけないんです!」
「もっとちゃんと化粧してください!」
「靴も、スニーカーなんて駄目です! パンプスくらい履いてください!」
などと文句を沢山言ってきたものだが、結局のところ格好をいくらよくしても状況が変わることはなかった。
それどころか、多くの人達が堅苦しいスーツで来る中、裾がボロボロのジーパンによくわからないロゴのシャツ(のちにモンハンのシャツだとわかる)、機能性ばかりを重視したパンパンの黒バッグを引っ提げて私とのお見合いに臨んできた人がいた。
彼の名前は相沢さん、私より六つ年上の人で、日本人離れした色白の堀の深い顔立ちの人だった。
最初に会った日のことはよく覚えている。お見合い協会の部屋で四十分の会話をした後、どこかの店に行って食事をしながら一回目のデートをするのが恒例なのだが、相沢さんは目星をつけていた店が軒並み満席だったため、なんと美味しいパン屋で大量のパンを見繕うと、そのままそこら辺の公園で食べようと言い始めたのだ。
(なんか、変わった人だな……)
そんなことを思いながら、うっかり落としてしまったパンくずをついばむハトやスズメと一緒に、実に風通しのいいデートをしたのだった。
夏目さんと付き合い始めた頃の話で触れたが、私は名古屋という地においてリアル脱出ゲームにドはまりしていた。
名古屋には脱出ゲーム仲間がいたのだが、東京に戻ってからは一人もいないことがちょっとした悩みの種になっていた。
話をする中で相沢さんもかなりリアル脱出ゲームにはまっていることを知った私は、パンをかじりながらスマートフォンを片手に一緒に行けそうな公演を探し、その場で二人分の予約を取った。
二人で遊びに行く約束をした私は相沢さんとの友情を守るために、すぐさま策を講じる。万が一にも恋仲にならないように、このお見合い協会への登録は親に押し切られた形でしたこと、結婚は考えていず恋愛もしたくないという話を一回目のデートの段階でした。
すると相沢さんも「俺も親が勝手に登録しててさ」と似たような話をしたので、これは都合がいいと心を許し、私達は晴れて脱出ゲーム友達になったのである。
本当はお見合い協会で知り合った人とは交際しないのであれば連絡先の交換をしてはいけなかったのだが、私達はあくまで友達として会うという合意が取れていたため、お見合い協会には秘密で連絡先を交換した。
それから私達は月に一度の頻度で遊ぶようになった。
リアル脱出ゲームに行き、喫茶店で感想を言い合い、相沢さんお勧めのゲーム実況動画を観て大爆笑し、ご飯を食べて帰る、そんな普通の遊びをした。
まだ脱出ゲームに一人で行く勇気のなかった私はいい友達が出来たものだととても嬉しかった。嬉しかったのだが……。
(なんかこの流れ、とても既視感がある……)
上島君にしろ、大川君にしろ、橋本君にしろ、無邪気に仲良くなっているうちに好きになられてしまった。その時と状況が似ていて、どうにも嫌な予感がしたのだ。
(いや、でも大丈夫。だって最初に恋人になるつもりはないって言ったし。告白は絶対にしないでくださいって言ったし)
と思ったのだが、悪い予感ほど当たってしまうのである。
相沢さんと会って半年が経ち、一月になったある日のこと。相沢さんは美味しい物を食べることが趣味だったため、その日も相沢さんが見つけた知る人ぞ知る店で美味しいスペアリブを食べていた。
お腹いっぱいになってさぁ帰ろうと下北沢の駅に向かっていた時、相沢さんが不意に切り出した。
「君が嫌なのわかってるけど、告白させてほしいんだ」
その続きはわざわざ書かなくてもいいだろう。
私は彼の言い分を全て聞き届けた上で、落胆して何も言えなくなる気持ちをなんとか抑え込んで、答えた。
「誰とも付き合う気はないって言ったはずです……」
「知ってる。けど好きになったから言った」
「お断りします……」
「わかってる。一緒に遊びに行くのは?」
「継続でいいです……」
折角出来た脱出ゲーム友達は失いたくなかったため、相沢さんさえ良ければ友情の関係まで解消することはないと思ったが、それはそれとしてだ。
(絶対に告白しないでって言ったのに……もう、人間不信になりそう……)
前話でも言ったが、私にとって告白は痛みだ。
その日、私はコートが薄かったせいか本当にショックだったせいかわからないが、とにかく妙に震えながら帰途についた。電車に乗っても暫くは涙が止まらなかった。
もし相沢さんが橋本君タイプであったならここで引き下がったのだろう。私もそれを期待したし、だからこそ一緒に遊ぶことまではやめなかった。
しかし結果として相沢さんは上島君タイプであった。告白はその一回で終わらなかったのである。
ただ、私は二回目の告白はすんなりと受け入れ、付き合うことに決めた。素なのか計算なのかわからないが、相沢さんは物を使って私を上手いこと釣り上げたのだ。
遊ぶうちに暦は2017年3月になっていた。その月と言えばニンテンドースイッチが発売され、瞬く間に品薄状態になっていた。
しかし相沢さんはかなり熱烈なゲーマーだったため、4月の頭にはニンテンドースイッチを手に入れていたのである。
このニンテンドースイッチでプレイ出来るゼルダの伝説ブレスオブザワイルド、通称BotWというゲームが私を射止めたのだ。脱出ゲームを終えた後に、「ちょっとやってみる?」とゲーム機を渡されたのが運の尽きだった。
これがとんでもない名作だったのだ。
初めてゲームでやりたい欲求が抑えきれずに仕事に集中出来なくなるほどの禁断症状が出てしまったくらいには、私は一瞬で虜になってしまった。
まず壮大な世界の映像が見ていて楽しい、雑魚モンスターのボコブリンに見つかっては追いかけ回されるのが楽しい、りんごでライフを微回復させながらボコブリンから逃げ回っているうちに別のボコブリンの群れに遭遇して死ぬのが楽しい、迷子になっても隠れキャラのコログを見つけられるのが楽しい、崖をどこでもよじ登れるのが楽しい、何も考えずに崖を登り始めてがんばりゲージが尽きて詰んで死ぬのが楽しい、馬を捕まえるのが楽しい、ひたすら矢で鳥を射止めて肉を集めるのが楽しい、矢を集めるためにボコブリンのアジトに爆弾を投げまくるのが楽しい、虫を捕まえるのが楽しい、きのこを集めるのが楽しい、地図が広すぎて楽しい、料理をする時にリンクが鼻歌を歌っていて楽しい。
コントローラーを触っているだけで楽しすぎてストーリーがちっとも進まないのだ。
そんな調子ではまった私を相沢さんはいたく嬉しそうに見ていたし、以来私達は脱出ゲームなんてそっちのけで、(主に私が)BotWをプレイして遊ぶようになっていった。
そうなると遊ぶ場所に困るのである。相沢さんは腰痛持ちだったため、喫茶店や漫画喫茶で長時間座っていることは難しかった。
実際にしんどそうにしている相沢さんを見て、この遊びは無理があるかと断念しようと思ったのだが、相沢さんはここで画期的な提案をした。
「うちに遊びに来ない?」
これがもし一人暮らしだったらこの後の展開は変わっていただろう。
しかし彼は実家暮らしだった。ご両親の住んでいる立派な一軒家だった。
迷った末、私はどうしてもBotWをプレイしたいという欲求を満たすため、ひとまずお友達として一度相沢さんの家へ遊びに行くことにした。
相沢さんの家には広い畳の部屋があり、腰痛持ちの相沢さんは心行くまでゴロゴロすることが出来た。
しかもニンテンドースイッチの真価をここで知ることになるのだが、畳の部屋にはテレビがあり、コードの繋がったスタンドにゲーム機を差し込むだけで、BotWを大きな画面、大きな音でプレイ出来るようになった。
こうなったらもう夢中である。最初のボス戦でお助けキャラのシド王子に「今だ!」などと言われながらタイミングを合わせてボタンを押してはスローのウィンドウで矢を射るなんて完全にアトラクションすぎてただのゲームの域を超えている。
ゼル伝にボイス付くのは嫌なんて言っていた自分すみませんと心の中で百万回全力土下座を決めたくらいにはボイス付き万々歳なのだ。
これ以上書くと物語の趣旨が変わりそうなので自重しておくが、とにかく私はテレビに繋いでBotWをプレイすることにはまりすぎるあまり、相沢さんと付き合うことを真剣に考えるようになった。
(そりゃあ相沢さんは三十歳超えてるし、その歳で彼女でもない女を実家に連れ込むって色々考えてもやばすぎるよな……)
そう思っている私に気づいてか、相沢さんはそのタイミングで「付き合わない?」と二度目の告白をした。私は「はい」と即答した。
こうしてBotWをプレイするためと言っても過言でもない形で、相沢さんと付き合うことになった。
私は毎週のように土日のどちらかの昼から夜まで、相沢さんの家に入り浸ってゲームをした。家では親の目があって長時間ゲームが出来ないという子供のような束縛から解放された喜びもあり、一日十時間もBotWをプレイした。
週に一日だけだったため進みは遅く、プレイし終わるまで二ヶ月もかかったが、こんな名作を早い段階でプレイさせてくれた相沢さんに私はとても感謝しながら、「文字通り人生を変える名作だった……」とエンドロールを堪能したのだった。
それからも相沢さんはアサシンクリードだったりスプラトゥーンだったり、様々なゲームを持ってきては私にプレイさせた。
私はゲーム会社にこそ就職していたが、子供の頃は習い事が多かった関係でゲーマーと言えるほどゲームをしてこなかったため、総じてゲームが下手だった。
アサシンクリードでもまぁ敵に見つかっては乱闘になり、建物によじ登って逃げようとするうちに操作を誤って落下して死ぬのである。
そんな私の珍プレイを見て相沢さんは大爆笑する。そうして過ごす時間はわりと楽しいものだった。
しかし、BotWほどの衝撃作とはなかなか出会えないもので、BotWをプレイし終えてから段々と冷静になっていった。
完全に物に釣られる形で交際を始めたはいいものの、私はゲームとではなく相沢さんという人間と付き合っているのだ。その現実はきちんと考えなければならない。
まるでゲームのことしか考えずに付き合ったように書いてしまったが、私はこれまでと同じ失敗を繰り返さないようにするために、相沢さんと付き合う時にいくつかお願いをしていた。
まず私がアセクシャルであることを説明し、キスやハグが駄目なこと、夜の営みは無理なこと、万が一結婚することになっても子供は望めないことを伝えた。それから手を繋ぐことや隣に座られることも苦手だと話した。
本当のことを言うと告白されて以降、相沢さんからは夏目さんと付き合った時に覚えたおりものの臭いを感じ取ってしまっていた。どうやらこの臭いは異性と認識した相手からのみ感じるものらしい。
とはいえ臭いのことはもはや言ったところでどうにもならないため、そのことは伏せておくことにした。
相沢さんは色んな感覚の人がいるのかと驚きつつも受け入れてくれ、私の提示した条件も全て呑んでくれた。これで上手くいくかと思いきや、人と違う感覚というのはなかなか伝わらないものだった。
相沢さんは会えば会うほど私のことを好きになっていった。そのことを彼は実際に言葉にしていたし、態度を見ていれば一目瞭然だった。
例えばふとした瞬間に肩が触れ合うほど隣に座ったり、頭を撫でそうになったり、匂いを嗅いだりといった具合で身体的な距離が近づいた。
私はそれらにいちいち不快感を覚えては、どうしてそんなことをするのかといういつもの悩みモードへ突入してしまい、段々と相沢さんから心が離れていった。
まぁBotWは無事にプレイし終えて最初の目標自体は達成したのだし、半年も付き合ったのだからそろそろいいだろうと思って別れることも考えたのだが、ここで私は初めての感情を抱いた。
私が競争率の高いゲーム会社で生きていくために、様々なゲームを勧めてくれる彼が必要だと思ったのだ。
そこで私は気づいた。今まで男の人達を物のように見てきたのではないかと。
大川君や夏目さんと付き合った時の実験という考え方がいい例だ。
別に別れてもいいからとにかく異性と折り合いをつける方法を探そうなどと考えているから上手くいかないのではないか。
私は自分の感情ばかり主張して、自分だけが苦しんでいると心を閉ざして、相手に歩み寄ることを全く考えてこなかったのではないか。きちんと話し合うこともせずに逃げてばかりいたのではないか。
私は自分がAだという言い訳をして、相手のことを知ろうとしなかったんじゃないか。
そう思うと、安易に相沢さんを振るべきではないと考え直した。
私があれこれ主張をするのだから、相手の言い分も聞くべきだ。そしてぶつかり合って、喧嘩して、真剣に解決策を見つけるべきなのではないかと。
そもそも私にとっては不快だとしても、隣に座ったり臭いを嗅いだりといった行為は相沢さんからすれば紛れもなく愛情表現なのだ。私も飼い犬にはずっとくっついているし耳の中の一番臭い部分を嗅いでいる。そこに何ら違いはない。
(頑張ったら、お互いのことを理解出来るのかもしれない)
私はその時既に二十六歳だった。遊びで付き合うには少し年を取りすぎた。そろそろ大人になる必要があるだろう。
私はそれまでの考えを改め、相沢さんが何を考えてその行動をするのか出来る限り想像して共感する努力をし、逆に私にとって不快なことは言葉を尽くして説明し、理解してもらえる努力をした。
次話で書くとおりその過程で様々な苦難が伴ったが、それなりに努力は実り、結果として私は相沢さんと二年以上も交際したのだった。
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