恋愛物短編

ののの

【GL】クリームパンとコロネ

暑い。

暑い暑い暑い暑い暑い。


夏の焼けるような日差しが降り注ぐ。

玉のような汗が滴り落ちる。


(もう日の出前から走り始めなきゃだめね…)


黒髪が汗で艷やかに光る。タンクトップが肌にはりついて気持ち悪い。


日課のランニングコースを走り終えて帰宅したユウは生ぬるいシャワーを浴びて、同居人を起こしに行く。


「ミサキ。起きてごはん行こ」


柔らかな茶髪の隙間から栗色の瞳がゆっくりと見えてくる。


「ゆうちゃん。おはよぉ」


ふわっとした笑顔でミサキは起き上がった。まだ眠そうに目をしぱしぱとさせている。


ぬるま湯で顔を洗い、丁寧なスキンケアをしていく。ミサキのふっくらとした柔らかな肌にツヤが出ていく。


ミサキが洗面所で準備をしている間に、ユウはリビングで化粧品や鏡を用意する。ミサキのものがほとんどで、ユウのものは日焼け止めのみ。


ユウが日焼け止めを塗っているとミサキも着替えてリビングに戻ってきた。淡い水色のチュールスカートに、白地に水色の小花柄があしらわれたブラウスを着ている。手には水色のレースリボンがついたカンカン帽。


「わ、ゆうちゃんありがとう〜!」


ミサキは慣れた手つきでぱぱっと用意していく。日焼け止め効果の入ったラベンダー色の下地を手早く優しく叩き広げ、パールの入ったパウダーを大きなブラシでさっと重ねる。ピンクブラウンのアイシャドウを薬指でさっとつけ、ブラウンのマスカラをする。アイシャドウを眉毛にも重ねて隙間を埋めると、赤みブラウンの眉マスカラで馴染ませる。グレージュのシェーディングをして鼻先と上唇の上にピンクみのあるハイライトをちょこんと乗せる。ここまでで約10分。


「ミサキいつも化粧早いよね。使ってるもの多いのに」


感心した声をしながらユウはミサキのヘアアレンジを始める。ゆるいウェーブのかかった肩まである髪をハーフアップにしてクリーム色のシュシュをつける。


「ゆうちゃんこそ。わたしの髪結びにくいのに早いのさすがだよぉ〜」


そこでミサキのほっぺたがいつもより白いことに気付く。


(あぁ、チークを忘れていたのか…)


やわらかな青みピンクのパウダーチークを手に取ろうとして、止めた。


いつもの柔らかくて赤ちゃんのような血色のあるほっぺたよりも、今はこの白くてどこか儚さのある肌が妙に愛おしく感じた。




食べてしまいたい。




「ゆうちゃん、ちゃんと足にも日焼け止めぬった??」


ミサキの声ではっと我にかえる。疲れているのだろうか。


うん塗ったよ、と返事をしながら靴箱から黒のスポサンを取り出す。

黒のロゴTシャツにカーキのワイドパンツ、黒の細いベルトに黒のミニバッグという、日焼けした肌と黒髪もあいまってなんだか…


(素焼きアーモンドだな)


自分の印象をそっと胸にしまう。

柔らかくて甘くて、マシュマロのようなミサキとは真逆の印象の、固くて甘さのない、自分。


クリーム色のミュールをはいて、白色のショルダーバッグを手にしたミサキはなおさらマシュマロ感があって、とても可愛くて、なぜだか胸がズキっとした。






家から少し歩いたところにあるチェーン店のカフェへ着いた。毎週、休日に2人で来るのが習慣になっている。

ユウはいつものハムエッグトーストセットと紅茶。ミサキもいつものフレンチトーストとミルクティーを…


…選ばず、スクランブルエッグセットとアイスティーを選んだ。


注文を終えてすぐにモーニングが運ばれてくる。焼きたてのトースト、温かいオニオンスープにスクランブルエッグ、カップに入ったヨーグルト。横にはアイスティー。


わりと人気のあるセットではあるが、甘いものの好きなミサキらしくない。


「ねぇ、どうしたの?」


思わず聞いてしまった。


たまにはいいかなって、と笑いながらミサキは答えるが、いつものマシュマロのような柔らかさがどことなくなかった。


なんとなく会話のないまま、ヨーグルトまで食べ終えたミサキが口を開く。


「昨日さ、お母さんから電話あったんだぁ。ゆうちゃんが帰ってくる前だったんだけどね、」


うん、と相づちを打ちながら、静かに話を聞く。


「お正月に帰ってきてから連絡ないじゃないかって。お盆は帰ってくるのか、って言われてね、」


ミサキがアイスティーのコップを両手で包み込むようにして持つ。ユウもつられて、紅茶のカップを両手で包み込む。


「あんたのマシュマロは少しはマシになったのかって聞かれたの」


(マシュマロ?)


話が掴めず、ユウは眉をひそめた。


「えっとね、お正月にみんなでテレビ見てたらね、今はぽっちゃり系って言わないんだって。マシュマロ系って言うらしいの」


なんだそれは。


柔らかくて甘いマシュマロが、ミサキのいいところを詰め込んだこの例えが。


ひどく汚されたように感じた。


言葉を失っていると、ミサキは苦笑いしながらまた話し出す。


「とりあえずお盆は忙しいって言って電話切ったんだけど、そろそろダイエットしないとだめかなぁって。甘いものちょっと我慢しようって思ったんだ〜」


カラカラと、アイスティーの氷を回しながら。


「ゆうちゃんはクリームパンみたいだよね。わたし、ゆうちゃんみたいになれたらいいのになぁ」


「へ?」


思わず声がうわずってしまった。


「クリームパン?私が?素焼きアーモンドじゃなくて?」


何をどう見たらクリームパンなんだろう。私にあんな柔らかさもふっくらさもないだろうに。


素焼きアーモンド?とミサキは目をぱちくりとさせて、少ししてからぷっと吹き出した。


「ゆうちゃん、素焼きアーモンドってなぁに?日焼けしてるから?」


くすくすと笑い出すミサキを見て、なんだか少しほっとした。


自分の見た目が日焼けしていて、がっちりとした体型で女性らしさがなくて、なんだか固い印象であることを説明すると、ミサキはさらに笑いだした。


「あっはは、ゆうちゃん、そんな風に思ってたの?かわいいなぁ〜!」


笑いすぎて涙出てきちゃった、と言いながらもミサキは笑い続ける。


笑いが落ち着いてきた頃に「あのね、ゆうちゃんがクリームパンなのはね、」とミサキは説明し始める。


見た目は飾ったりしていないシンプルなパンなのに、中には優しい甘さのクリームが包み込まれていて、なおかつクリームの甘さに負けないが邪魔もしない程度の食感が残るパン生地をしていて。

1つでとてもバランスがとれていて、シンプルゆえにチョコのコーティングや粉砂糖で飾ることもできれば、長い間老若男女に愛され続ける、押しも押されもしない定番のパンであると。


毎日栄養バランスを考えた食事をしたり、運動を習慣づけていたり、自分をしっかりともっているのに誰かを蹴落としたりせず、見た目はそっけないけど優しい性格をしていて男女関係なく人気のある。


「だからね、ゆうちゃんはクリームパンなの。素焼きアーモンドも悪くないけど、優しくてわたしのこともよく甘やかしてるゆうちゃんは絶対クリーム入ってると思う!」


だんだんと熱のこもるミサキの説明に、なんだか恥ずかしさを覚えてしまう。

ちょっと顔が熱いから、ちょっと待って?クールダウンさせて?


「だってわたし、ゆうちゃんのこと大すきだし。クリームパンも大すきだし、絶対クリームパンだよ!」


いつの間にか元気いっぱいになったミサキにたじたじとなりながら、2人で笑ってカフェを後にした。


あぁ、いつものミサキだ。柔らかくて甘くて、いつもの可愛いミサキだ。






カフェからの帰り道、新しくパン屋がオープンしていることに気付いた。家からも近いし、おいしいなら定期的に買いに来たい。


ちょっと覗いていこうか、とミサキに声をかけて、中に入る。

こじんまりとしているが、様々な種類のパンが並べられている。


「わ、いっぱいあるね、迷っちゃう〜」


トングとトレーを持ったミサキがにこにこと店内を見てまわる。甘いデザート系からおかず系まで豊富にそろっている。


ふと、店内の冷蔵庫の隣に、中身の入っていないコロネが置かれていることに気付いた。

チョココロネやクリームコロネはよく見るけど、なんでこれは中身がないんだろう?


ユウとミサキが2人で不思議に思っていると、まだ若そうな店主が話しかけてきた。


「そのコロネね、そこの冷蔵庫のシーザーサラダとか、お家ならソーセージとかポテトサラダ入れて食べれるように空にしてるんですよ。生クリームとフルーツでクレープ代わりに食べる人もいますよ」


穏やかな顔の店主が説明してくれる。


「へぇ〜!色々詰めれるのいいですね、オシャレなコロネになりそう〜!」


焼きたてのいい香りのする空のコロネがとても美味しそうで、クリームパンや他のいくつかのパンと一緒に買って帰った。






家に着くと、ミサキは上機嫌でコロネに入れる食材を考え始めた。意外とネットに空のコロネを使ったレシピが載っているらしい。


「ねぇねぇ、ゆうちゃん見て〜!肉じゃが入れてるのとか、プリン入れてるレシピまであるよ!すごいねぇ〜!」


びっくりするようなレシピも多いが、作ってみたら案外美味しかったという書き込みも多い。思ったよりなんでも合うようだ。


2人できゃっきゃとレシピを検索していて気がついた。


「ミサキはマシュマロに見せかけた空のコロネだよ」


え?、とミサキはユウを見る。


「頭の中からっぽってこと…?」


じわぁっと泣きそうな顔をしだすミサキに、慌ててユウは説明する。


「違うよ!そうじゃなくて!」


甘いものも塩っぱいものも、どーんと受け止める器の大きさがあって、片手で持てるような食べやすさも与えてくれる。人のいいところをさらに伸ばして、自分もそれを吸収してもっとよくなる。


柔らかく、それでいてしっかりと受け止めてくれて、優しく人を包み込んでくれる。クセの強い人のことも受け止められて、うまくその場を丸めることのできる。誰かと衝突したりしないで、だけど自分を崩したりはしない。


「化粧だってたくさん練習しないと手早くはできないし、昔から勉強だけじゃなくて苦手な体育も頑張ってたよね。素敵って思うことに真っ直ぐに努力してるミサキは、このコロネなんだよ」


「ゆうちゃん…」


大すきだよゆうちゃん〜!と言って、ミサキはユウに抱きついた。大すきだよずっと一緒にいよう〜!と言いながらワンワン泣きだすミサキの背中を手でぽんぽんとしながら、ユウはティッシュを渡す。


「私もミサキのこと大好きだよ。ほら、鼻かみな?」


甘いんじゃない、受け止めて自分も高めていく彼女が甘えてくるのを可愛く感じながら、ユウもミサキを抱きしめ返す。




またあのパン屋へ行こう。

クリームパンと空のコロネを買いに。

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恋愛物短編 ののの @nonono94

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