第7話:無理だと言わないのなら
『男だったら好きになってた』
好きになった女の子に、そう何度も言われてきた。桃花さんにも何度も言われた。悪気は無いことは分かっているし、もう慣れた。
慣れた——はずだった。
「……あたしは、女のあんたが好きなんだけどな」
電話が切れた後に一人呟く。
想いを告げたら、彼女はどういう反応をするのだろう。この関係も終わるのだろうか。
そう不安に思っていたある日。
その日もいつもの時間に電話をかけた。しかし、なぜか着信を拒否され「今日は話したい気分じゃない」とメッセージが送られてきた。何かあったのだろかと聞くが、返事はない。
しばらく待っていると彼女の方から電話がかかってきた。
「……ごめん。やっぱり、話聞いて」
そこで彼女は、友人の前で猫を被っている理由を正直に話してくれた。好きな人に『見た目通りの大人しい子なら好きになってたかも』と言われたことがトラウマになり、高校入学を機に変わることを決意したらしい。
「それから……っ……ごめん……」
啜り泣く声が聞こえてきた。
「話せる範囲で、ゆっくりで良いよ。時間あるから」
「……優しいよな。不良のくせに」
「……」
それはあんただからだよ。出かけた言葉は、喉元まで来て引っ込んでいった。
「高校入ってから、びっくりするくらい男子からモテるようになって……でも、猫被ってる自分を可愛いって言われるたび、なんか気持ち悪くて……本当の私がどんどん否定されていく気がして……」
「……うん」
「辛いんだよ……もう猫被るの疲れた……人の好意が気持ち悪い……」
「……そっか」
「……うん」
「……あたしは素のあんたの方が好きですよ。つっても、学校で猫被ってるあんたがどんな感じか知らんけど。……疲れるなら、やめちゃって良いんじゃないですか」
「それが出来たら悩んどらんよ」
「まぁ、そうだよな。……ごめん。けどさ、その男のことはもう好きじゃないんだろ?」
「……」
黙ってしまった。まさかまだ未練があるのだろうか。問うと、歯切れの悪い否定の言葉が返ってきた。
「……無いなら尚更、演じる必要なくない?勝手に抱いた幻想とのギャップで勝手に幻滅する奴にはさせとけば良いんですよ。自分を偽って恋愛したって、楽しめなかったんだろ?開き直って素の自分を愛してくれる人探した方が良いよ」
「……そんな人居ないよ」
思わずため息が漏れた。そして「居るじゃん。ここに」と漏らしてしまった。
「えっ……」
沈黙が流れる。あぁ、言ってしまった。まだ言うつもりなかったのに。けど、言うしかなかった。これ以上彼女に、あたしの好きな人を否定してほしくはない。素の自分のままでは誰からも愛されないなんて言わないでほしい。
「……やっぱ、女は駄目っすか」
それならそれで仕方ないと諦める覚悟をしていると、意外な返事が返ってきた。
「……分かんない。同性を好きになったことないから……」
「そう……っすか……良かった。無理ではないんすね」
分からない。そう言われてホッとすると同時に、ずるい返しだなと少しだけ苛立ちを覚えた。だけどそれ以上に拒絶されなかった嬉しさが勝った。
「育実は……その……レズビアンなの?」
「……うん。そう。あたしは男を好きになったことない。多分これからもないし、あんたが男だったらこんなこと言ってない」
「……育実は、私と恋人になりたいの?」
「うん」
「い、いつから……そう思ってたの?」
「出会った日から」
「えっ、そんな前から!?」
「……あたしね、あんたの見た目と中身のギャップにやられたんすよ。……だから、見た目通りのお淑やかな女だったら多分、こんなに好きになってないよ」
「好き……」
「うん。好きですよ。……実を言うとね、あんたに『男だったら好きになってた』って言われるたび、ちょっと不安になってたんだ。打ち明けたら、否定されんのかなって」
「あ……ごめん……」
「いや、良いよ。知らなかったんだし、別に同性愛そのものを否定してたわけじゃないって分かったから。……答えは急がないから。待ってるから。じゃ……今日はもう、切っても良い?明日早いからさ……」
「……うん」
「またね。桃花さん」
「うん……またね。育実」
電話を切る。
「……絶対落とすから。覚悟しといてくださいよ桃花さん」
無理だとはっきり言わなかったのはきっと、少なからずあたしと付き合いたい気持ちがあるのだろう。ならこっちだってもう遠慮なんてしない。全力で口説き落としてやる。このまま、男にとって都合の良い女を演じて辛い想いをし続ける彼女は見たくないから。
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