第8話 親切心に下心

 トントントン。

 タンタンタン。

 トントントン。

 タンタンタン。


 町に槌の音が響き渡る。

 珍しい音を聞きつけて女たちがふらりふらりと集まってくる。

 皆の願いは同じ。うちも雨漏り修理をしてほしい。

 しかし遠くの物陰から様子をこっそりと覗くに留まる。

 皆の考えは同じ。堂々とお願いすると浅ましく見えてしまうからだ。


 その領民の心を乙姫は汲み取る。


「お前たちの家も雨漏りをしているのか」


 ただし堂々と聞きこむ。


「姫様。あの、これはそういうつもりでは」

「いい。遠慮せずに申せ。ただし修理の順番は深刻なほう、年寄りが暮らしている順からだ」


 女たちは噓偽りなく正直に家の現状を話す。

 乙姫は雨漏り修理が必要な領民の名前を覚え、情報をもとに順序を決めた。円滑に物事は進んでいく。

 女たちが散った頃に竜之助は屋根から梯子を伝って下りてくる。


「ふう、いい汗かいたぜ」

「ご苦労であった、竜之助。ホタテが茶と羊羹ようかんを用意してくれたそうだ、馳走になるといい」

「この島には羊羹まであるのか。なんでもあるんだな」

「ああ、そうだ。竜宮島にないものはないぞ」

「ほお、それじゃあ俺に惚れ込む女も探せばいるんだな」

「竜之助。ないものはない。諦めが肝心だぞ」

「ないものはないってそっちの意味かよ!」


 縁側に着くと廊下にホタテが正座して待っていた。


「恩に着ります。こんなものしか用意できませんがどうぞ召し上がってください」


 二人分の湯呑と羊羹が用意されていた。


「ささ、姫様もどうぞ」

「私の分か! すまないが此度の私は何もしてない。貰うわけにはいかない」

「そう遠慮なさらずに、ささ」

「いやいや気持ちだけで」

「まるで矛と盾。いつまでやっても決着はつかなさそうだ」


 そこで竜之助は一計を案じる。


「それなら姫様の分も俺が頂くとするよ」


 竹のつまようじを刺し、ひょいっと平らげる。


「なかなかの食いっぷりじゃのお。ちと足りなかったかな」

「羊羹は腹にたまる。こんぐらいがちょうどいいのよ」


 湯呑を傾けてお茶を飲み干す。


「ぷはあ。一仕事終えた後の茶は上手いな!」

「おかわりが必要だな。しばらく待ってくれ。すぐに用意してくる」

「構わんのだがな、貰えるなら貰っておこう」


 ホタテは立ち上がり、台所へと下がる。

 縁側には竜之助と乙姫の二人になる。


「初対面なのに随分と気に入られてたな」

「困ってるところを助けただけだよ。そうすりゃ手枷つけてようが誰だって感謝されるよ」

「ホタテは職人気質でなかなか気難しい老人だぞ。それもいともたやすく」

「じいさんにモテたって仕方ないわ。それよりも姫さん、ホタテじいさんは一人暮らしかい?」

「なんだ、会ったばかりの老人の生活を気にしてるのか?」

「そんなんじゃねえよ。衣服は綺麗に洗濯されてる。ということは女と一緒に生活してるに違いない」

「その通りだ。ここにはホタテ以外に孫娘のアワビが暮らしている」

「孫娘のアワビちゃんだな!」

「お前……さては……」


 乙姫は察する。


「大工仕事に励んだのは親切心からではなく、下心からか」

「あたりまえよ! 大工仕事を覚えたのだってお師匠様から女にモテると教わったからだ!」

「感心したと思ったのに……見損なったぞ……」

「将を射んとする者はまず馬を射よ。よく考えられた諺じゃないと思わないかい?」

「考えた学者も、こんな形で引用されるとは思わなかっただろうな……」


 ため息を吐く。


「島外の男はみんなお前みたいなのか? 見返りを求めない真に心優しき男子はいないのか?」

「男に島外も島内も関係ないっすよ。みーんな、女に優しくするのは下心あてのことですよ。たとえ優しくする女がとんでもねえ不細工だとしても、その友達の美人にお近づきになれるきっかけを作れる。例え友達に美人がいなかったとしても良い評判が女に広まる。女ってのは噂話が好きだからね、火よりも早く町中に広まるってもんよ! がはは! がはは!」

「なるほど、火よりも早くか……それは恐ろしいな」

「お姫さん?」


 一喝されるかと思っていたのに肩透かしを食らう。


「あらーお姫様! それに不埒者さん! まだいらっしゃったんですね! よかったー、お礼を言わないと思って急いで海を上がってきたんですよー!」


 そこに一人の女性。


「おお、アワビか。礼ならすでに受け取ってるぞ」

「おお、アワビちゃん! 帰りを待ってたんだぜ! 礼なら君の……心で……」


 孫娘の登場に舞い上がった竜之助だったがアワビの姿を見ると意気消沈。


「おっと、竜之助は年上の女性は好まないか」


 乙姫はにやにやと笑う。


「嫌いではないが……そう、あと二十……せめて十歳若ければ……」


 アワビは六十を過ぎた女性だった。

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