第9話 早歩き
日が傾き、夕刻。
「姫さん……まだ着かないんですかい……」
二人は未だに城に着いていなかった。
何軒もの大工仕事を立て続けに行った竜之助は疲れが溜まっていた。空腹はしていないが終わりの見えぬ山登りに心が折れそうになる。
「もうすぐ上町だ。そこを抜ければ城なんて目と鼻の先だ」
「上町……もしや、まだ雨漏り修理が必要なんですかい!?」
あれから大工仕事を休憩を挟みながら続けたが全ての家を回ることはできなかった。明日も朝から働くことになっている。
最初こそ女にモテると張り切ったが何軒もの修理は想像以上に重労働だった。一軒、二軒程度であれば体力に問題はなかったが五軒目ともなると足がふらついてしまった。
それでも女を抱くために格好悪いところは見せられない。無理にでも全部回ろうとしたが乙姫に日没が近づいてきたという理由で止められてしまった。
「……いや、上町は大丈夫だ」
「上町は大丈夫? なんだいそりゃ」
「……」
乙姫は答えなかった。
理由はおのずとわかった。
上町にたどり着く。下町より幾分か立派な建物が並ぶ。しかし家先に人の手にかからず伸びきった雑草が生えている。
空き地も目立つ。放置された田畑ではなく朽ちた木材が廃棄されており、かつては家が建っていた名残が見える。
領主の娘が道の真ん中を歩いていくが下町には多くいた声をかける者、歓迎する者がいない。
そもそも住民がいなかった。ヒトデに襲われた貝のように空っぽの町だった。
いつも上を向いて凛々しく歩く乙姫が俯きながら進む。
気になりはしたものの、何度も会話を重ねたものの、まだ会ったばかり。
竜之助は触れず、何も言わずに乙姫の後ろをついていく。
上町の終わりに差し掛かる。上町の中でもひときわ立派な屋敷が建っていた。塀があり、門があった。ここだけは家先に雑草一本生えていない。そして道が濡れていた。打ち水の後と思われる。
乙姫は俯きながら早歩きで通り過ぎていく。
どの領民とも分け隔てなく接し、気にかけていたというのに。
(気丈な姫さんもなんか抱え込んでるもんなんだな……)
乙姫の歩きは早い。
引っ張られる紐が腰を絞めてとても痛いが男らしくぐっと我慢した。
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