第3話 沖合騒乱

 昨日の夕方のこと。

 寝過ごした竜之助は急いでオールをこいでいた。朝には余裕をもって出発したかったが遅れに遅れて昼下がり。

 日没前には島にはたどり着きたかった。金がなかったために篝火の用意もしていない。


 急いだもののあと一歩及ばず。

 日が沈んでしまった。

 ぼんやりと島の影はわかるものの、荒波や渦潮に阻まれて近づけない。

 夜明けまで待つかと考えたが、ここで波乱トラブルが起きる。


「げええ!? 船底に穴が開いてる!!?」


 三文舟はやはり三文舟。安さにはそれ相応の理由があった。

 

 万事休す。

 しかし幸いにも自分と島の間に二隻の舟を見かけた。蛍のように小さいが篝火を焚いていた。

 島の漁師だと思い、助けを求めた。


「おーい! 助けてくれー!! 船底に穴が開いているんだ!!」


 これで助かる。そう思った矢先の出来事。

 しゅぱ。しゅん。しゅぱ。

 船底に矢が突き刺さり、沈む速度が加速する。

 無視するどころか、いきなり矢を飛ばしてきた。


「なんだなんだ、海賊か!? こんちくしょうめ!」


 腹が立った彼は矢を弾きながら漕いで接近する。


「てめえら何しやがる!!!」


 拾い物の刀を持って八艘飛びとは行かなくても一丈(曲尺で約3メートル)もの距離を跳び、賊の舟に乗り移った。

 暗闇が幸いし、同士討ちを恐れた賊の動きは鈍かった。

 残すは一人。戦意を失い、かつ暗い荒い海に飛び込む勇気のない死を待つだけの弱者がガタガタと歯を鳴らす。

 一思いにやってやろう、そう思った時だった。


「ぎゃっ」


 竜之助がとどめを刺すまでもなく、彼の頭に矢が貫通する。

 もう一隻から矢の雨。

 仲間が生き残っているかもしれないのに非情な作戦。

 竜之助は顔をしかめるでもなく、にやっと笑う。


「いいぞ。切って捨てても心が痛まなくて済む」


 流れが読めない激しい潮流。

 無理に近づこうとせず、矢を防ぐことに専念する。

 必ず期が訪れる。歴戦の勘がそう囁いていた。

 予感は的中し、舟が接近する。


「どおおおりゃああああ!!」


 雄たけびを上げて飛びかかる。

 待ち構えていた刃をかいくぐり、残りの賊も滅さんと果敢に獰猛に挑んだ。





「……以上だ。直前で覚えているのはここまでだ」

「……なるほどね。君の妄想はわかった」

「妄想ではない。真実だ」

「姫様。本当にこいつの話を信じるおつもりですか?」


 浦島の態度に変わりはなかった。

 乙姫は冷静に情報を処理した。


「真実も何も、浦島。君なら嘘か本当かわかるんじゃないか? 昨晩から今朝まで見張り番はお前が担当だ」


 浦島の眉がぴくりと動く。


「……そうですね。見張りは僕の番でした」

「お姫さん。さてはこいつ居眠りしてたんですよ。今の今までしらばっくれてたんですよ」

「この僕が? 君のような生臭侍じゃあるまいし」

「どうなんだ、浦島。正直に申せ」


 乙姫の真っすぐな瞳が浦島を突き刺す。


「……これは隠しようがありませんね。ええ、確かに。遠い沖合でそれらしき騒ぎは見ておりました」


 またもや衝撃的な発言。


「浦島! なぜ早くそれを言わない! 怪しい影を見つけたら島民を避難させる決まりを忘れたか!」

「あなたを含め島民を不安にさせたくなかったからです。それに遠くからでしたが舟は海に飲み込まれたように見えました。だから大丈夫かと」

「それでもだ! 私にだけでも報告するべきではないか!」

「謝るしか他ありません。紛れもない隠し事を致しました。しかし竜宮家への忠義に嘘偽りはありません。処分はいかようにも受けます。だがそれは、この賊もどきを処分した後にしていただきたい」


 竜之助はあきれ果てて、首をガックシと落とす。


「性懲りもなく俺の首を狙うか。てめえは熊のように執念深いのな」

「熊という生き物がどんなものか知らぬが当然だ。お前が騒ぎの生き残りの可能性もある」

「どうして味方同士で争う。島は目前だというのに」

「知らぬ。しかしどうせ賊のことだ、下らん理由で喧嘩を始めたのだろう。足を踏んだ踏んでないだの切り合いを始めるのが日常茶飯事の連中だ。そして一人で十人を切っただと? そんな出鱈目誰が信じる」

「それじゃあいっちょ腕試しするか? 剣の腕は聞くよりも見るが早い」

「いいね。初めて君と意見が一致した。そして最後でもあるだろう」


 にわかに殺気立つ二人。

 乙姫は慌てて仲裁に入る。


「頭を冷やせ、二人とも! 決闘だと!? 当主代理の名において殺し合いは認めないぞ!」

「姫様。これは決闘でございません、練習でございます」

「そうそう。チャンバラですよ、チャンバラ。命の取り合いなんて物騒な真似はしないですって」

「浦島はともかく竜之助! お前は手枷がついたままだ! そんな状態でまともに動けないだろう!」

「なあに、ちょうどいいハンデですよ。あ、でも姫様は危ないんで離れていてください。あと落ちている刀を拾わせていただきます」


 竜之助は駆けだし刀を拾いに行く。


「お、おい、まて、竜之助!」

「姫様! あいつの言うとおりだ! 危ないですよ!」


 追いかけようとする乙姫を海女たちが引き留める。


「それに浦島様のことですよ。痛い目合わせるだけで殺したりはしませんって」

「そうそう。手加減を心得ているはずです。こてんぱんにやっつけて自信を失わせるつもりですよ。あとは牢でも閉じ込めておいて、龍神様のお休みの日が来たら海に放流すればいいのですよ」

「……そうだといいのだが」


 乙姫は心配をぬぐえなかった。

 竜之助の実力は未知数。十人相手に戦って勝った手練れだとしても相手は浦島。

 そして、なによりその浦島が普段と違う空気を振りまいているからだ。

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