第4話 砂浜試合

「あーあー、鞘の中まで海水が入ってら。この刀はもう駄目だな」


 柄を握り、鞘を足の指で挟んで引っ張ると鞘の中から海水が零れる。

 あちこち刃こぼれしているオンボロ刀。魚の骨を断つのがやっとの具合。


「刀の手入れがなってないね。それでも侍を名乗るつもりかい」


 浦島が煽ると竜之助はぺっぺっと唾を吐く。


「俺は生まれてこの方竜之助としか名乗ったことはねえよ。侍なんて柄にもねえ。仕官なんざ縁もゆかりもない、こちらからお断りの浪人だよ。この刀は戦場で拾ったもんだ。ぬくぬくと育った坊ちゃんにはわからんだろうが、戦場で満足の行く装備が整っているのは戦に加わらない高みの見物を決めた大将ぐらいだよ」

「どこで聞きかじった知見だい? 薄っぺらすぎて夕餉には忘れてそうだ」


 浦島は刀を中段に構える。右足を一歩前に出した、攻防の釣り合いバランスが取れた構え。


「忘れさせねえよ。夕餉もこの手の話を耳に胼胝たこができるくらい聞かせてやる、楽しみにしてろ」


 一方の竜之助は下段。それも右脇に構える。


「なんだい、その構えは。まるで隙だらけじゃないか」


 わかったつもりでいる通ぶる素人のように見えて苦笑をこぼす。


「……お師匠様から教わった大事な構えだ。笑ったからには覚悟しろ」


 竜之助の取り巻く空気が変わった。いくら侮辱されようと理不尽な暴力を振るわれようと飄々と堂々としていた彼からあそびが消えた。

 乙姫はめざとくそれを感じ取った。


「おい、竜之助。お前まで本気になってないだろうな」


 そう心配して話しかけると、


「……まっさか~。これしき赤子の手をひねるようなもんですよ」


 握り飯を美味しそうに平らげた時の笑顔に戻った。


「時に浪人。お前、年はいくつだ」

「俺か? 今をときめく三十路だが」

「そうか、なら敬語を使え。僕は三十二だ」


 先に動いたのは浦島。セオリー通りに隙だらけの左から切りかかる。


「あら、意外と若作りなのねっと!」


 頭を軸に時計回りに回転しながら後ろに飛ぶ。


「そこだ!」


 離れているにも関わらず、濡れた刀を振るう。


「ははっ! 刃渡りもわかって……くっ!?」


 あざ笑いを崩して、顔をしかめる。

 顔を拭うと手のひらに水滴と一緒に砂利の感触。


「貴様! 目潰しか! 卑怯な!」


 竜之助は濡れた刀身を砂浜に落とし砂利を付着させ、顔に目がけて振りぬいた。思惑は見事に的中した。


「がはは! 敵将討ち取ったり!」


 刀を握り変え、刀身の背面である峰を頭に振り下ろそうと狙う。


「まだまだ!!」


 片目が生きている。距離感が取れないながらもがむしゃらに振り回し間合いを取る。


「浦島様ー! そんな卑怯者に負けないでー!」

「女の敵の首を取ってくださいー!」


 勝負は竜之助が有利ながらも空気は圧倒的に不利(アウェー)。


「待て待て、首を取ったらいかん! 二人ともその辺にしておけ!」


 乙姫は止めるも二人の剣戟に止む気配はない。

 彼女としてはこのままどちらかが倒れるまでの戦いを望んではいなかった。血を流すことも命を落とすことも絶対に避けたかった。

 間に割ってでも止めるべき。そう考えていながらも二人の剣士の鍔迫り合いに飛び込む勇気を出せずにいた。


 勇気程度で止められるならとっくに止めている。

 試合は終わり、本気の切り合いに変わっていた。

 一瞬の判断、迷いが死に直結する命のやり取りに。


 竜之助が一人で十人を相手取ったと豪語した。武術の心得がある彼女なら彼の言葉に嘘偽り脚色はないと理解した。それは浦島もわかっているはず。


(なのに……なんで止まらないんだ……! 一体何がお前そこまで揺り動かすのだ!)


 唯一島に残った家臣。生まれた時から身を守ってくれる、血は繋がってはいないが家族とも呼べる存在。


(お前に罪を背負わせるわけには行かない……いざという時は、父上が残してくれた海神で……!)


 腰に帯びた脇差の柄を強く握る。

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