0-b.木造築60年(共同トイレ)家賃5.2万円 203号室

歌手になりたかった。

モデルのような容姿で誰からも愛され、透き通った歌声で聴いている人を魅了するような、完璧な歌手に。


一度歌えば、誰もが口を揃えて「絶対に歌手になったほうがいい」と真剣な顔で言った。

幼い頃から、特に誰かに習ったわけでもないのに、人より歌が上手く歌えた。

歌うことが好きだった私は趣味として歌い続け、いつしかそれは、趣味の範疇を大きく超え、聴いて涙する人がいるほどのレベルになっていった。


ここまでになったのは、どんな時でも歌を通して伝えたいことが、きちんと明確にあったことが大きいかもしれない。


私の歌の噂は、有名なレコード会社の人の耳に届き、何度も一度話がしたいと連絡をもらっていた。


自分の歌を世界中に届けられるかもしれない。

そんな夢のようなチャンスに高揚した。


それなのに、私はいつまで経っても踏み出せない。


誰もが羨むこの声を捨ててでも欲しいと願い続けるものを、私は持っていない。

そして、それはこれからも、きっと手に入らない。



ほんの少し先でキラキラさせることのできる、

誰かが死ぬほど手に入れたい私の人生は、



期待を裏切る、ニセモノだった。






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