第41話:領民二十万

皇紀2219年・王歴223年・秋・ロスリン城


「「「「「おめでとうございます」」」」」


 城に集まってくれた一族郎党が心から祝ってくれている。

 皆うれしそうだが、今年は春から勝ち戦ばかりだったから、当然ではある。

 毎回勝利の後で戦勝祝いをしているが、手に入れた領地から税が手に入る秋の収穫祝いは、特別な思いになるのだろう。

 だが、しばらくは税収がほとんど見込めない場所もある。


 新たに手に入れたクレイヴェン伯爵領は、長年戦場となって恐ろしいほど荒廃してしまっているだけでなく、領主から重税を課せられて領民が村単位で逃散してしまっているので、税率を七割から四割に減らすことにした。

 まあ、四割というのは我が家の基本税率だから、普通に統治しているだけだ。

 それに逃げた領民の大半が我が領内にいるから、強制的に戻せない訳ではない。

 だが既に領内で仕事を与えて以前より豊かに暮らしているのを、無理矢理クレイヴェン伯爵領に返すのも忠誠心を考えればやりたくない。


「いやぁあ、これで御家も二十万人となりましたな」


 クレイヴェン伯爵領を併合した事で領民が二十万人となった。

 俺が当主に成った時には八千人だった事を思えば、二十五倍もの領民となっているのだから、当時からいる一族郎党には夢のようだろう。

 だが俺にとってはズシリと重い荷物が両肩に乗った感覚だ。

 二十万人もの領民を、飢えさせる事も寒さに凍える事もないように、領地を治めて行かなければいけないのだから。


「直轄軍も四万兵ですからな、カンリフ騎士家が相手でも互角に戦えますぞ」


 親父の時代からの古参譜代が酒に酔った勢いで放言している。

 怒鳴って叱りたいが、そんな事をすれば古参家臣との間に亀裂が入る。

 どうせ近々代替わりするのだから、見て見ぬ振りをするしかない。

 兵力四万とはいっても、その内の二万四千兵は元エクセター侯爵家の兵だ。

 二千人は元クレイヴェン伯爵家兵士だし、一万四千人は流れ者だ。

 元からいるエレンバラ家の兵士は、二百だけなのを分かっているのか。


「油断は大敵だぞ、エクセター侯爵家は落ち目だが、それでも本城に籠ってトリムレストン子爵家の軍勢を寄せ付けていない。

 トリムレストン子爵家が力をつけている分、北の境目に兵を置かねばならん。

 奪ったクレイヴェン伯爵領の北には、我が家の二倍以上の領民がいるゴーマンストン子爵家がある。

 南側には王家とカンリフ騎士家に従う領民二十六万人のフェアファクス地方と、領民十一万人のキャヴェンディッシュ侯爵家がある。

 それぞれが虎視眈々と元クレイヴェン伯爵領を狙っておるのだぞ。

 戦勝を祝うのは当然だが、気を緩めるな」


「「「「「おう」」」」」


 爺様が一族郎党を引き締めてくれた。

 俺が口にできない事でも、先々代当主で、国王の側近だった爺様なら言える。

 愚かな古参譜代をぶちのめすだけなら俺にもできるが、言葉だけで妬み嫉みを残さないように納得させるのは、とても難しい事なのだ。

 爺様の言っていた、トリムレストン子爵方面には三千兵を置いている。

 元クレイヴェン伯爵領の南北にもそれぞれ三千兵を置いている。


「爺様の言う通りだ、絶対に油断する事は許されない。

 この城の北には、ゴーマンストン子爵家と同盟したトリムレストン子爵がある。

 南にはベリアル教団とアザエル教団がある。

 その後ろには力を落としたとはいえエクセター侯爵家がある。

 更にその奥には、王家はもちろんカンリフ騎士家があるのだ。

 そして爺様が言った通り、山を越えて得た元クレイヴェン伯爵領の周囲には、領地を狙うフェアファクス地方の騎士達、キャヴェンディッシュ侯爵家、ゴーマンストン子爵家がある。

 我が家は東西南北の全てに敵を抱えているのだ。

 一瞬の油断で命を含めた全てを失うのだぞ、それを忘れるな」


「「「「「おう」」」」」


「忘れなければそれでいい、今は命一杯愉しめ」


「「「「「おう」」」」」


 さて、俺が考えるべき事は、これからどう動くかだな。

 プランケット湖を支配するための水軍は大増強した。

 周囲を護るための駐屯軍は、四方に各三千の一万二千兵を常駐させている。

 敵が攻め寄せてきた時には、領民全てを守備城に収容する事になっている。

 強制的に徴兵する事は禁止しているが、領民も自衛のために武芸は磨いている。

 特に弩を巧みに使う嬢子軍の存在は、領地の護りにはとても大きい存在だ。


 守備軍に加えて、嬢子軍と領民軍がいてくれるから、残った二万八千兵の常備軍を自由に転戦させる事ができる。

 その常備軍をどの方面に侵攻させるのが、我が家のためになるのかを考える。

 王家などどうでもいいが、カンリフ騎士家とは敵対したくない。

 そうなると、俺が攻めることができる相手は限られてくる。


「アイザック、レイ地方のアザエル教団とゴーマンストン子爵家を争わせたい。

 ゴーマンストン子爵家にはアザエル教団が攻め込む準備をしているという噂を流し、アザエル教団にはゴーマンストン子爵家が攻め込む準備をしているという噂を流してくれ」


「承りました」


「それと、そうだな、ゴーマンストン子爵家の港には、金銀財宝を積んだ我が家の交易船が訪れると言う噂も流してくれ」


「承りました、欲深いアザエル教徒に、襲撃されるという恐怖と、奪うべき金があるという欲望を植え付けるのですな」


「ああ、その通りだ、頼んだぞ」


 俺は宴席に呼んでいた影衆のアイザックに指示を出した。

 外様で影衆のアイザックを、一族郎党飲宴席に呼ぶ事を反対しようとした古参譜代がいたが、そいつには本気の殺気を放って大小便を漏らさせてやった。

 それ以後は反対を口にする奴がいなくなったが、俺と古参譜代の間に亀裂が入ってしまったから、気をつかわなければいけなくなっているのだ。

 だがその分、本当に大切にしなければいけない影衆の忠誠心は得られた。

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