第40話:撃退

皇紀2219年・王歴223年・早春・野戦陣地


「山を越えてクレイヴェン伯爵領を奪うぞ」


「「「「「おう」」」」」


 俺の圧倒的な魔力量と想像力を駆使して創りだした魔術で、エクセター侯爵家の主力軍を眠らせて、指揮官のいる本陣に乗り込んだ。

 二人の重臣と主だった指揮官の首を、エクセター侯爵家嫡男の前で刎ねてやった。

 嫡男はジェイデンと言う名前なのだが、本性はとても臆病のようだ。

 俺が殺意を込めて睨むと、事もあろうに恐怖のあまり失禁脱糞しやがった。

 思わず嘲笑ってやりたくなったが、グッと我慢した。


「どうやらジェイデン殿には侯爵家を継ぐほどの度量はないようだ。

 この程度の事で小便を垂れ流し大便を漏らすようではな。

 このような憶病者を殺しても刀の穢れにしかならぬ。

 お前たちは逃がしてやるから、これを掲げて城まで護衛しろ。

 これを捨てたりしたら、契約魔術違反で死ぬことになるぞ」


 俺は殺さずにいた下級兵士のごく一部、五百兵ほどに厳しく命じた。

 そして本当に逆らえば死ぬ契約魔術をかけてやった。

 それでなくても目の前で魔力持ちの指揮官が皆殺しにされているのだ。

 俺の命令に逆らうような気概など、遠い彼方に飛んでいっている。

 だから、俺が白い軍旗に『この者、小便たれの大便漏らし』と書いたモノをジェイデンに括りつけても、全く助ける素振りを見せなかった。


「ではさっさとエクセター城に戻れ。

 ああ、そうだ、誰かがこの旗を奪おうとしたらこう言うのだ。

『旗を奪ったら契約魔術が発動してジェイデンが死ぬ』とな。

 嘘でもハッタリでもない証拠に、今この場でジェイデンに契約魔術をかけてやる。

 ジェイデン、父親に会うまでこの旗を外さない、捨てないと約束しろ。

 約束しなければ、この場でお前の首を刎ねる」


 俺がそう言ってジェイデンの後頚部に剣を突き付けると。


「ちかいます、ちかいます、誓いますから殺さないでください」


 ジェイデンはガタガタ震えながらそう言った。

 だからその後の契約魔術は、とても簡単に交わす事ができた。

 別にジェイデンが誓わなくても、呪いと同じような方法で同じ効果を得ることができるのだが、必要もないのに自分の手の内を相手に見せる必要はない。

 

「とっとと城に逃げ帰って二度と俺の前に現れるな。

 今度その顔を見たら、鼻を削ぎ目玉をくり抜いて奴隷にするぞ」


「ヒィイイイイ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 もう二度と攻撃しませんから、どうか許してください」


 確かこいつは俺の四つ年上だったはずだが、情けないくらいに臆病だな。

 こんな胆力では、侯爵家を継いで戦乱の世を生き抜く事などできない。

 俺が殺さなくても、いずれ弟か家臣に殺されるだろう。

 その時にエクセター侯爵家が滅ぶか生き残るかは、神のみぞ知るだな。

 その時に俺が生きていたら、エクセター侯爵領を奪ってやるのだが。

 全力で生き残る心算だが、何が起こるか分からないのが人生だからな。


 そんな風にしてエクセター侯爵家の主力軍を無力化した。

 一方渓谷を進んだエクセター侯爵家の別働軍は、オスカー叔父が壊滅させた。

 まあ、使った武器は俺が貸し与えた睡眠魔術を発動する魔道書だったけどね。

 殺すのではなく、自分の兵力とするために眠らせて無力化したのだ。

 五千人全員を厳しく縄で縛って捕虜にしてもらった。

 次に命を助ける条件で、俺との主従契約を結ぶ魔道書を発動してもらった。


 だが、俺に父親を殺された重臣家の嫡男とかは、主従契約を拒否した。

 命懸けで意地を通そうとする漢は嫌いじゃない。

 こんな漢を殺してしまったら、遺族や家臣に恨まれてしまう。

 だから人質にして、実家から身代金をもらって開放する事にした。

 俺が評判を落としてまで殺さなくても、ジェイデンが殺してくれる。

 自分の失敗と愚行を誤魔化すために、家臣に罪を擦り付けて殺すことだろう。


 主力軍と別働軍併せて二万もの大軍を失ったエクセター侯爵家は、もう戦えない。

 それを確認したトリムレストン子爵家は、北の領境に集めて日和見させていた軍、六千兵をエクセター侯爵領に転戦させた。

 プランケット湖の岸辺沿いに進軍して、エクセター侯爵の無法を訴えてから、独立した貴族として生きると宣言して攻め込んだ。

 俺はそれを見届けてから、クレイヴェン伯爵領に攻め込むと宣言したのだった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る