第31話:閑話・母の実家・ノア視点

 皇紀2218年・王歴222年・夏・首都セール宮中伯邸


「長年御無沙汰してしまって申し訳ありませんでした。

 国王陛下が領地に来られていたので、とても連絡できない状況だったとはいえ、お詫びさせていただきます」


 長年疎遠となっていた王国の権力者、セール宮中伯に詫びた。

 母と祖母の義父はセール宮中伯だった。

 建前上は母と祖母の実家当主となるのだが、養子になって遠国から戻ってきたこの男は、父と祖父が義父と呼んだ方からは五代も経ってしまっている。

 養子の件を考えなくても、とても遠い縁なので、どこまで協力してくれるかは分からないが、ハリーが協力を求めろと言うならしかたがない。

 ハリーが切り取った領地を守る協力ができるのなら、やれるだけやるしかない。


「いえ、いえ、私は国王陛下に従わずに首都に残った身ですから。

 国王陛下や廷臣の方々から、酷く憎まれているのはよく理解しています。

 私としては、王家の政治機構を残すためでしたが、国王陛下や廷臣の方々から見れば、権力を維持するためにカンリフ騎士家に尻尾を振ったように見られるでしょう。

 国王配下の忠臣だったノア殿が、御母堂や祖母殿の義実家とは言え、連絡を取らないようにした事はしかたのない事です」


 確かにこいつは国王の首都脱出に従わなかった。

 国王に忠誠を誓っていた時は、儂もとても憎んでいた。

 だが、国王の下劣な本性を理解してからは考えが変わった。

 こいつは、いや、アダムは国王が首都に戻る事のできる組織を残したのだ。

 王家が首都から逃げ出しても、王国は残っていたのだ。

 まあ、アダムにも欲はあっただろうが、それだけでもないのだろう。


「あの頃の儂は愚かであったのです、セール宮中伯。

 目に見える事、国王陛下に盲目的に従うのが忠義だと勘違いしていたのです。

 国王陛下が戦に負けられても、首都に戻れる場所を作っておくと言う、セール宮中伯の忠誠心が分からなかったのです」


「ノア殿にそう言って頂けるのはとてもうれしい事ですが、そういう考えに至られたノア殿を敵に回してしまった国王陛下には、何も期待できないかもしれません。

 ここまで状況が悪化してしまったら、国王陛下のお子様に期待するしかないのかもしれません。

 ですが、それまで王国の組織を残すことができる、とは断言できません」


 恐ろしくはっきりと言い切ってくれる。


「期待できない国王陛下をそのままにしておかれるのですか」


「私はあくまでも王家の家臣なのですよ、ノア殿。

 私から代替わりを勧めるような事はしません。

 今の国王陛下が下劣愚昧な方であろうと、忠誠を尽くしてお仕えするだけです。

 ただその忠誠心は、国王陛下や廷臣の方々には理解していただけないでしょう」


「では、カンリフ騎士家のルーカス殿はどう考えておられるのですか。

 ルーカス殿はジェームズ様を擁しておられるのですよね」


 十一代国王テオ陛下の次男がジェームズ様だ。

 兄弟や叔父甥間で王位を争っていた王族の御一人で王位継承権を持っておられる。

 このカードまで確保しているから、カンリフ騎士家のルーカス殿は強い。

 直ぐにステュアート王家を滅ぼしてカンリフ王家を立てる手も打てれば、ジェームズ様を傀儡にして王国を陰から支配する事もできる。


 ハリーの話しでは、皇太子殿下の側にまで手を入れているという。

 皇国を復活させて、古のように外戚政治を行う事も可能だ。

 何の力もない皇国貴族を皆殺しにして、自分達が皇国貴族になる事もできる。

 穏やかにやるのなら、自分達を皇族貴族に叙勲させる方法もある。


 皇国貴族の血を継いでいるとはいえ、ハリーが名誉皇国貴族に叙勲されているのだから、絶対に不可能と言う事はないだろう。

 何なら皇国貴族家の養子に入る方法もあるのだとハリーが言っていた。

 首都とその周辺を武力制圧しているカンリフ騎士家は強いのだ。

 後はルーカス殿の決断一つで全てか決まるだろう。


「さて、そのような事はルーカス殿の直接聞いてみなければ分からぬ事です」


「ではセール宮中伯、ルーカス殿に合わせてもらえないだろうか。

 我が家の当主となったハリーの母はヴィンセント子爵家の出なのだ。

 ハリーの叔母が、ルーカス殿の弟に嫁いでいる。

 少し遠いが、我が家とカンリフ騎士家は親戚になる。

 今後の事について色々と話したいことがあるのだよ」


「それは私も知っていましたよ、回り回れば私もルーカス殿の親戚ですから。 

 ですが、こんな親兄弟でも殺し合う時代では、親戚だと言ってもあまり意味はないです。

 ああ、余計な事を言いましたね、そんな事よりも確認しておきたい事があります。  

 ルーカス殿に会うのはハリー殿ですか、ノア殿ですか」


「私だ、ハリーはまだ幼く、何かあれば我が家が崩壊してしまう。

 将来のある可愛い孫を、修羅場に送るわけにはいかん」


「分かりました、受けてくれるかどうかは分かりませんが、確認だけはしましょう」

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