第30話:爺様
皇紀2218年・王歴222年・夏・ロスリン城
暑い、エアコンのないこの世界は嫌になるくらい暑い。
魔力を浪費する心算なら、魔術で涼しくする事はできる。
氷を創り出して冷たい果汁やお茶を飲む事もできる。
だが多くの餓死者を出すほど貧しいこの国で、魔力を浪費する気にはなれない。
そんな魔力があるのなら、耕作地に注ぎ込んで米や麦を収穫する。
収穫した穀物を使って、飢えに苦しむ人達を領地に迎えるのだ。
「ハリー殿、クレイヴェン伯爵家は攻め込んでこないな」
爺様が残念そうな表情をしながら話しかけてきた。
爺様は俺の実力を信じてくれているので、クレイヴェン伯爵家が相手なら、勝利を確信してくれているのだ。
クレイヴェン伯爵家が攻め込んで来る時には、エクセター侯爵家も当然攻め込んで来るのだが、エクセター侯爵家の総動員戦力は三万五千人くらいだろう。
だがその戦力全てを俺に振り向けられるわけではない。
カンリフ騎士家が虎視眈々とエクセター侯爵家を狙っている。
エクセター侯爵家さえ完膚なきまで叩いてしまえば、王家は逃げ出すしかない。
首都に隣接しているプランケット地方から逃げ出せば、既に地に落ちている王家の威信は回復できない状態になってしまう。
国王は、エクセター侯爵家が俺にかまっている間に、カンリフ騎士家に領地を攻め取られることを極度に恐れるだろう。
だからエクセター侯爵家は、カンリフ騎士家と領地を接している場所に抑えの兵力を置いておかなければいけない。
だとすると、エクセター侯爵家が動員できる兵力は二万くらいにまで減るだろう。
二万か、我が家の領民五万人を、新たに手に入れた城に籠城させたら、全ての城を攻め落としてエレンバラ男爵家の本領に来るまでには、かなりの時間を稼げる。
その間にクレイヴェン伯爵家を滅ぼす事は可能だ。
「クレイヴェン伯爵は兎も角、エクセター侯爵は馬鹿ではないぞ、爺様。
負けるかもしれない戦いをするはずがない。
それよりは刺客を放って俺の首を狙ってくる。
俺の手足となる指揮官を殺そうとするだろう。
特にあの国王が、裏切った叔父上達を殺せと命じるだろう」
「それでハリー殿はジャック達に青炎魔狼を貸してやったのか」
「ああ、叔父達の中には、俺が叔父上達を監視させていると思っている人がいるかもしれないが、そんな事はないと爺様からも言っておいてくれ」
「分かった、必ず伝えよう。
だがジャック達に青炎魔狼を貸し与えた分、ハリー殿の護りが薄くなっているのではないか、それが何より心配なのだが」
「確かに俺の護りが薄くなってしまったから、また魔境に行って護衛に使える魔獣を魅了して来ようと思う。
少々弱くなってもいいから、数の多い朱炎魔狼を魅了してくるよ。
今は護衛魔獣個々の強さよりも、速さと数が大切だからな」
「そうしてくれ、ハリー殿。
今の我が家は絶対にハリー殿を失うわけにはいかないのだ。
ようやく本家を喰ってこの一帯の領主に成れたのだ。
邪魔する王家も力を失い、エクセター侯爵も皇家を憚って直接攻めてこない。
この絶好の機会を生かせるだけの魔力を持ち、準備万端整えたハリー殿がいなくなったら、我が家は忽ち分裂してしまう。
影衆などにハリー殿が暗殺させられたら、儂は、儂は、儂は……」
「大丈夫だよ、爺様、俺は絶対に影衆などに殺されないよ。
だから安心してくれ、大丈夫だ、爺様」
爺様は一気に年をとってしまったな。
国王に裏切られたのがよほどショックだったのだろう。
裏切られた直後は怒りに燃えていたが、俺が初陣で本家と他の分家を滅ぼして、名実ともにロスリン一族の当主に成って安心したのか、一気に弱ってしまった。
ここは役目を与えて心身に力を取り戻してもらった方がいいな。
「爺様、実は折り入って頼みたい事があるのだが」
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