第13話:潜入
皇紀2213年・王歴217年・春・エレンバラ王国男爵領
ありがたい事に、俺の恐れていたロスリン伯爵の侵攻はなかった。
イシュタムの調べでは、主であるエクセター侯爵に禁じられているようだ。
どうやらエクセター侯爵は、王家とカンリフ騎士家の和平は上手くいかないとみているようで、国王が自分の支配地域に逃げてきた時の事を心配しているようだ。
我が家を追い詰めてしまうと、カンリフ騎士家に支援を求める可能性がある。
我が家にカンリフ騎士家が密かに大軍を集めておけば、宗教都市に逃げてきた国王を殺すという方法がとれるし、その後でエクセター侯爵を襲う事もできる。
今我が家を攻撃すれば、王家べったりの爺様はともかく、俺がカンリフ騎士家に助けを求めるかもしれないと考えているようだ。
単にエクセター侯爵が慎重なのならいいのだが、俺の事を知って警戒しているのなら、今後の行動はもっと慎重にしなければいけない。
だがそうなると、資金集めが厳しくなってしまう。
表にでない形で領地に力を高める方がいいかもしれない。
「男爵閣下、今回購入してきた軍馬は四頭、繁殖用の雌馬が二十頭でございます」
イシュタムの武装商人が話しかけてきた、こいつが表にでる役目のようだ。
俺はどのような手段も使えるように軍備を整える事にした。
魔術の使えない兵でも魔術士と戦えるように、魔法陣も作っている。
我が家に通じる道の要所に築城して、周囲の領民を護ると同時に、侵攻してきた敵を迎撃する拠点としている。
そして反撃に転じた時のために軍馬を購入しているのだ。
「よくやってくれた、買い叩くのに苦労したのではないか」
軍備拡張のためなら金に糸目はつけない、などとは言わない。
できるだけ安く買って高く売るのが商売の基本だ。
信用も大切だが、信用のために損をするのは将来の利益のためだ。
軍備を整えきれずに滅んでしまったら、信用も将来もない。
守銭奴と言われようと利益を得て軍備に投入しなければいけない。
その憎まれ役をイシュタム族が引き受けてくれるのだから、大切にするのは当然の事だ。
イシュタム族が買い叩いてくれた馬で騎馬隊を編成する。
だが騎馬隊を編成しようと思ったら、調教された高価な軍馬を多数買い揃えなければいけない。
将来は自領で大量の馬を繁殖させて軍馬に調教できるようにする。
そのために繁殖牝馬も購入したが、我が家で軍馬を生産できるのは五年後だ。
遠回りに見えるかもしれないが、牝馬も野良仕事や運搬に使えるから、今何の役にも立たない訳ではない。
「いえ、いえ、それほどの事はございません。
どなたも男爵家の魔晶石を欲しがっておられますから」
「それは、貴族家が手持ちの軍馬を手放しても魔晶石を欲しがっているという事か」
「はい、さようでございます。
特にカンリフ騎士家が魔晶石を欲しがっています」
「全部か、カンリフ騎士家が魔晶石を全部買い取ったのか」
「はい、左様でございます」
カンリフ騎士家、軽く考える事など絶対にできない家だ。
地方の分家貴族の家臣に過ぎない身分から、主家や王家に何度も裏切られて父祖が憤死したにもかかわらず、王を王都から追い払うほどの実力者になった男。
支配している領地の人口は百万人、一時的に味方している連中も含めれば、百八十万人くらいになるだろう。
そこから軍馬を集めれば、俺が欲しがる程度の数は簡単に集まる。
それにしても、俺が売り出した魔晶石を全部手に入れたとなると、カンリフ騎士家も王家との和解が長く持たないと思っているのか。
確かな情報が欲しい、弱小貴族が情報もなく生き残る事などできない。
「お前に言っても頭領に話が通るのだな」
「はい、繋ぎを使ってではございますが、即座に伝わります」
「国王の側に人を入れられるか」
「カンリフ騎士家ではなく、国王の側に密偵を入れるのですか」
「ああ、歴戦のカンリフ騎士家が相手では、必要な情報を手に入れる前に、こちらの密偵が無駄に殺される可能性が高い、違うか」
「違いません、確かに危険でございます。
今カンリフ騎士家に送り込んでいる密偵も、中枢となる方々ではなく、その周辺にいる方についておりますが、それでも危険を感じて逃げる事もございます」
「カンリフ騎士家についてはそれでいい、今直ぐ敵対する気はないからな。
それよりも、密偵を王家に送り込んだ方が、カンリフ騎士家の考えを探れるのではないか」
「左様でございますな、カンリフ騎士家が王家にどのような要求をするかによって、カンリフ騎士家の考えを知ることができるでしょう。
何より、今の王家には影衆がいませんからね、安全です。
直ぐに手配いたしますので、吉報をお待ちください」
「では、頼んだぞ」
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