第12話:閑話・万屋

 皇紀2213年・王歴217年・春・商都・イシュタム族族長視点


 俺達はようやく主君を得ることができた。

 仕えた主が滅び、生き残るために山に逃げ込んだ祖先は山衆なって生きてきた。

 国が乱れるたびに表に出ようとしたが、一族はとても運が悪いらしい。

 仕える主が全て戦に負けしまい、その度に生き残るために山衆に戻る事になった。

 ステュアート王家になってからは、再び世にでようとして、修行僧に成りすまして貴族家に仕えてみたが、使い捨てにされただけだった。


「頭領、よくお越しくださいました、準備万端整っております」


 商都の店を任せている組頭が満面の笑みを浮かべて喜んでいる。

 首都の店を任せた組頭も同じように喜んでいた。

 二人とも、いや、一族全員が再び世に出られた事を心から喜んでいるのだ。

 一時的に雇われて使い潰されるのではなく、正式に家臣に迎えられた事を、心から喜んでいるのだ。


「ああ、よくやってくれた、それで何を商う事にしたのだ」


 だからこそ、俺が細心の注意を払って男爵を見極めなければならない。

 男爵が口で言っている事ではなく、腹の底で思っている本心を見抜かなければ、一族が滅ぶこともあり得るのだ

 まあ、少なくとも男爵はケチではない。

 首都に出す店と商都に出す店の費用、金貨二千枚をポンと出してくれた。

 ただそれだけに、俺達に金貨二千枚に相当する成果を求めてくるだろう。

 結果を出せなかった時、どのような責任を取らされる事か……


「我らがエレンバラ男爵家に仕えた事を知られる訳にはいかないという事でしたので、他の領地の産物も扱う事にいたしました。

 以前と同じように山の物を商うだけでなく、麻布や葛布などの反物も扱います。

 本当は石鹸も扱いたいのですが、あれはエレンバラ男爵家でしか作られていませんので、念のため扱わない事にしました」


 色々と考えてやってくれている。

 今までは、隠れ里では手に入れられないモノを、里を発見されないように購入するための店だったから、本気で商いをしていなかった。

 里で作ったモノを細々と売っていただけだが、本気で商いをする気になっている。

 これも主を持てた事で心に張りができたからだろう。

 組頭がここまで本気になっているのなら、黙っておくのは不味いな。

 何かあった時のために、組頭たちには全てを話しておくべきだ。


「男爵閣下からは魔核を集めるように言われていたはずだが」


 だが、いつどんな形で話しを切り出すべきだろうか。

 希望を潰すことなく、だが、男爵家を信じきるなと言わねばならない。


「はい、商品を売る時の対価として、銅貨や銀貨だけでなく、魔核でも商品を売るようにしましたので、大量に集まってくると思われます」


「魔核を何に使うのか探られた時にはどうする」


「それは山で魔獣を狩る時の餌にすると伝えます。

 我々がずっと山衆の商品を扱ってきた事は、少し調べればわかりますから」


 確かにその通りだ、我々はずっと山衆として生きてきた。

 基本は隠れ里のモノを売る事だが、知り合いの山衆に頼まれて、山衆が作ったモノを売る事も少なくない。

 狩猟をする者達から魔獣や魔蟲の素材は売るように頼まれる事も多い。

 だから商売相手には魔獣や魔蟲の事に詳しい者も多い。


 そんな商売相手なら、魔獣や魔蟲が他の魔物の魔核を好んで食べる事くらいは知っているから、俺達が魔核を集める事に疑念を抱く者はいないだろう。

 それに、根拠地は遠く離れた場所にあるから、商都や王都にある店を調べられて困る事は何もない。


「そうか、それでやってくれ。

 ただ男爵家を丸々信じてはならんぞ。

 いつ我々を切り捨てるか分からないからな。

 何時でも渡された二千金を返せるように、準備しておいてくれ」


「頭領は男爵閣下を信じておられないのですか」


 裏切られたような表情をするのは止めてくれ。


「信じたいとは思っている、が、信じきってはいけないとも思っている。

 俺の肩には一族千人の命が掛かっているのだ。

 騙されて族滅させられるわけにはいかない。

 そのために拠点がある場所も偽っているのだ」


「金を返すのは不義理をしないためですか」


「そうだ、金を騙し取ったという評判がたてば、もう誰も雇ってくれないからな。

 縁を切るにしても、支援された金だけは返さねばならぬ」


「我が一族の運の悪さを知って、それでも雇ってくれるところなど、男爵家しかありませんが、それでも頭領は信じられないのですか」


「単に雇ってくれたのなら、信じたかもしれない。

 だが、正式に家臣にするとまで言われては、疑うしかない。

 そのような上手い話など聞いた事がないからな」


「……頭領の心配は分かりました、できるだけ早く二千金を稼ぎます」


 そうだ、悔しい事だが、そうするしかないのだ。

 仕えた家が全て滅んでいる影衆を雇うような貴族が、まともなはずがないのだ。

 我らを召し抱えたら族滅するかもしれないと怯えるのが普通なのだ。

 我らと関係を持って、それでもまだ生き延びているのは、一時的に雇って我らを使い潰そうとした貴族だけだ。

 普通の貴族なら、同じように一時的に雇って使い潰すはずなのだ。

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