第3話:困惑と甘え

 皇紀2210年・王歴214年・秋・エレンバラ王国男爵領


「分かったか、ハリー」


 祖父が半ば諦め顔で聞いてくる。


「わかりません」


 俺は正直に答えた、本当に分からないのだ、あまりに複雑すぎて。

 皇家と王家があって、両方に貴族がいて、皇家と皇国貴族には力がない。

 これは分かったが、王国貴族の分家の家臣が一番の実力者だと言うのが分からん。

 王国貴族の分家の家臣というのは貴族でもなく、単なる騎士だという。 

 しかも国王が王国貴族の分家の家臣に兵を差し向けられ、命惜しさに首都を捨ててこの近くに逃げて来ているだと、まるで日本の戦国時代ではないか。


「まあ、徐々に覚えればいい。

 我がエレンバラ男爵家は王家に仕えているが、まあ、大した家ではない。

 分家や家臣に独立されたロスリン伯爵家に負ける程度の家だ」


 この辺は俺にも理解できた、理解したくはなかったが、理解した。

 エレンバラ男爵家は、本家のロスリン伯爵家から独立して王家に仕えている。

 早い話が、本家を裏切って独り立ちしたという事だ。

 王家に多少でも力があった時はよかったが、首都を捨てるような状態では、ロスリン伯爵家も王家に遠慮することなく分家の再統合を目指す事ができる。

 父が殺された戦いも、王家に力があれば起こらなかった。

 だがそのロスリン伯爵家も、エクセター侯爵家の家臣と化しているという。


「ははうえにあまえろというのはなぜですか」


「皇国には戦力も経済力もないが、権威と名誉だけはあるのだ。

 オリビア殿がこの城に残っていれば、ロスリン伯爵も攻め難い。

 少なくとも負けた場合でも一族が皆殺しにされることはないだろう。

 儂はともかく、ハリーが殺される事だけはない。

 奴隷のように魔力を搾り取られるだろうがな」


 うわ、怖ぇえええええ、とんでもない世界だな。


「それと、さっきオリビア殿の前でも言ったが、皇国貴族は貧しいのだ。

 地方の有力貴族家に行って、世話にならなければ生きて行けないくらい貧しい。

 オリビア殿のノートン子爵家はまだましな方だが、それでも領民が八百人くらいしかいないので、戻ってきたオリビア殿とハリーを養う事などできんのだ」


 祖父が痛ましそうに俺の顔を見つめている。

 俺の将来を心配しているのは間違いないが、父の事も思い出しているのかな。

 父さえ死んでいなければ、こんな事にはならなかったのにと。

 それにしても、ましな皇国子爵家で領民がたった八百人だと。

 弱小男爵家の我が家でも領民は八千人いるぞ、どれほど力がないのだ。


「そして、貴族は血統を重んじる。

 当主の血を継いでいない後妻や側室の連れ子など、邪魔でしかないのだ。

 教会に預けられるならまだましで、密かに殺されてもおかしくはないのだ」


 酷過ぎるぞ異世界、絶対に母の実家には戻らん。


「まだ若いオリビア殿の、女としての幸せを奪うのは心苦しいのだが、ハリーの命に係わる以上、儂も非情に徹するしかないのだ。

 最良の方法は、ハリーと一緒にオリビア殿に残ってもらう事だ。

 そのために、ハリーにはオリビア殿に甘えてもらって、母性に訴えるしかない」


 うっわ、母親の母性愛を利用するなんて、本当にあくどい方法だよ。

 だが俺も死にたくないから、ここはやるしかないのだろうな。

 不完全な良心が疼くが、涙を飲んでやる。

 前世で六十年以上生きた爺が、二十歳の母親に甘えるのか。

 俺が母親に甘えられない事を祖父は見抜いていて、わざわざ言ったのかな。


「ははうえ、ははうえといっしょに、このしろでくらしたいです。

 おねがいです、ははうえ、どこにもいかないでください」


 母の膝に抱きついて、上目遣いに涙を浮かべて訴える。

 胸が、心が、痛い。

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