第35話 最終決戦(3)
七回裏、タイマーズの攻撃。
ここまでタイマーズ打線は、デビットに完璧に抑えられていた。
『さあ、ノーアウトランナー無しで藤王に三回目の打席が回って来ました。ここまでフォアボールが三つとヒット一本だけとデビットに抑え込まれています。この回でチャンスを掴む事が出来るんでしょうか』
『唯一タイミングが合っていたのが藤王ですから、ここは期待しましょう』
実況席の言葉通り、タイマーズ応援席から大声援が上がる。
藤王が足場を馴らし、儀式を始め構えに入る。
サイン交換の終わったデビットが、振りかぶって一球目を投げ込んだ。
藤王はフルスイングし、タイミング良く捉えたボールがセンターにゴロで抜けていく。
「油断していたようダ。まあ良い、結果は同じダ」
デビットは打球が抜けていった方向を眺めて呟いた。
塁に出た藤王だが、後続の打者が凡退し、結局タイマーズはこの回も無得点だった。
八回裏タイマーズの攻撃。ツーアウトランナー無しで九番ピッチャーの打席。
タイマーズは六回以降小刻みな投手継投で、なんとか0点に抑えて来た。ここも代打を送る場面だ。
「代打に石見だ」
野川は横にいる松下にそう言い残すと、代打を告げる為にベンチを出た。
自分の名前が球場内にアナウンスされ、石見はバッターボックスに向った。
石見は連勝が始まって以来、冷遇された鬱憤を晴らす機会だと気持ちが高ぶった。
自分がランナーに出ても、この回で得点に繋がる確率は低い。だが出塁出来れば、最終回は確実に藤王に打席が回る。そう言う意味でも重要な打席だ。
初球、デビットは力押しでストレートを投げ込む。余りのスピードに、石見はタイミングを取る事が出来ずに見逃してしまう。
元々守備を買われて出場していた石見だが、ここであっさりと凡退するようでは今後の出番にも影響する。
二球目もストレート。デビットは完全に見下して投げて来る。見下された石見は意地を見せる事も出来ずに空振りしてしまう。
バットを短く持ち、コンパクトに当てて行こうと考えた三球目。またもストレート。工夫も虚しく、当てる事すら叶わずに空振りで三振してしまう。
――清田に嫌味を言っている時間があれば、素振りでもしておけば良かった。
石見は自分の力の無さ、覚悟の無さが情けなかった。
――俺の来シーズンは今日から始まる。絶対に清田にレギュラーは譲らない。
石見はリベンジを誓った。
九回表シャインズの攻撃。
六回以降小刻みな継投で何とか0点に抑えていたタイマーズだが、大詰めに来てピンチを迎える。
ツーアウト満塁。しかもその満塁にした経過が悪い。ストライクが入らずフォアボール二つにデッドボールが一つで満塁になっていた。正に自滅だった。
投手は抑えの切り札鈴木であったが、優勝決定戦の緊張感に通常の投球が出来ないでいた。
「どうしますか?」
野川は松下の質問に返答出来なかった。
残る投手は敗戦処理に出る選手で、回の頭からならまだしも、実力的にも精神的にもこんな場面では出せない。
『あー! レフト前ヒット。とうとう均衡が破れ一点が入ってしまいました!』
片山が悲痛な声で叫ぶ。
野川は決断の遅れで大きな代償を払う事になった。
打者に対し、フォアボールを怖がって甘く入った所を痛打されたのだ。外野が前進守備だった為、一点で済んだのが幸いだった。
「行ってくれ」
野川の指示に、ベンチから松下が飛び出す。投手交代の時間稼ぎをする為だ。
野川は悩んでいた。どう考えても継投する場面だ。頼りないが控えの投手を出すしかない。
「監督、準備は出来ています。ここは、俺が行きます」
悩んでいる野川に声が掛かる。声の主は桂木だった。
「駄目だ。お前はドクターストップが掛かっているんだ。出す訳にはいかん」
「監督、お願いします! 優勝したいんです。俺に任せてください」
桂木は必死に訴えた。
「お前はこれから十何年も一線級で活躍出来る投手だ。それを潰す訳にはいかん」
尚も断る野川に桂木は静かに話し出す。
「これからの十年なんて意味はありません。ここでエースとしてマウンドに立てないのなら、俺にとって未来に意味はないんです」
野川は桂木の目に覚悟を感じた。
『ここは投手交代でしょうか?』
『当然交代の場面ですが、残る投手も桂木以外、不安がありますからね』
『桂木投手はドクターストップが掛かっているとの情報もありますが……あ、野川監督が出て来ました。投手交代です。次の投手は誰になるのでしょうか?』
野川が主審に交代を告げたのを見て、実況席の二人も注目する。
その時場内に入場曲が流れ、スタンドのファンが一斉に、曲に合わせて足踏みしだした。
『ああ、この曲はクイーンのウイ・ウィル・ロックユー! 桂木投手です! ここでエース桂木の投入です!』
球場内に響き渡る足踏みで地面が揺れていた。名前がコールされベンチから桂木がゆっくりマウンドに向う。
桂木が向うマウンドには松下コーチと内野手が集まっている。
「大丈夫なのか?」
「任せてください。エースの底力を見せますよ」
心配そうな松下に、平然と笑って答える桂木にはエースの自信と自覚が溢れていた。
藤王達内野手がそれぞれ定位置に戻って行く。
桂木は投球練習と言うより、キャッチボールのようなゆっくりとした球を投げ感触を確かめた。
「頼んだぞ」
松下が桂木に声を掛けてベンチに戻った。
投球練習が終わり、桂木はマウンドの上からグラウンド全体を眺める。
――もう一点もやれない。腕が折れようが絶対に抑えて見せる。
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