第34話 最終決戦(2)
その後、四回裏を終了して、両チーム0点で試合が進む。四回裏に回って来た、清田と藤王の二回目の打席は共に三振。デビットに、完璧に抑えられている事を考えると一点も与えられない状況だった。
五回表シャインズの攻撃。
ここまで無難に抑えて来た林だったが、この回に最大のピンチを迎える。ツーアウトながら満塁、大量失点の可能性さえ有り得る状況だった。
『タイマーズはピンチを迎えましたね』
『今日はベンチの人間を総動員するでしょうから、ここは交代も有りますよ』
実況席の二人も心配そうにグラウンドを見詰める。
スタンドも試合結果を左右しそうな場面にヒートアップしている。
「あ、監督!」
松下が間を取りにマウンドへ行くか指示を仰ごうとしたが、すでに野川はベンチを飛び出しマウンドに向っていた。
「監督……」
林はこちらに向って歩いてくる野川を見て、嫌な記憶が蘇ってきた。あと一人で勝利投手の権利が得られる場面で代えられた記憶だ。
今日の試合の重要性を考えれば早目の交代は当然だ。しかも今は〇対〇、勝利投手の権利さえ関係ない。
「か、監督……」
内野手全員が集まったマウンドに野川が到着すると、真っ先に林が声を掛けた。
「なんだ、その今にも死にそうな顔は」
野川は緊張した表情の林を茶化すように言った。
「で、どうするんだ」
「ど、どうすると言いますと……」
林は野川の言葉の意味が分からず、きょとんとして聞き返した。
「まだ投げられるかどうか聞いてるんだよ。どうなんだ? まだ投げる気は有るのか?」
「も、もちろんです、投げられます! いや、投げます! 投げさせてください!」
林の言葉を聞き、野川はふっと笑った。
「分かった、ここは任せたぞ。必ず抑えて帰ってこい。お前なら出来るから」
そう言って野川は、林の胸を拳でポンと叩くと相手の反応を見る事もなく、ベンチへ歩き出していた。
余りに簡単なやりとりに、選手達は唖然として野川の後姿を見送っている。だが、林だけはその後姿を眺めながら闘志が湧いてくるのを感じた。
――監督が信頼して任せてくれた。ここを抑えて俺も歴史に名を残す。
林は左手のグローブを右手でバンと叩いた。
試合再開。
一球目、強気になった林は渾身のストレートを投げ込む。
真ん中辺りの甘い球だったが、林の気迫が勝ったのか打者が空振りする。
二球目もストレート。ぐいぐいと押し込む気持ちがボールに乗り移ったのか、打者は平凡なセンターフライを打ち上げた。
「よし!」
打球を見上げて林が小さくガッツポーズする。林にとって屈辱の記憶を誇らしい記憶に塗り替えた瞬間だった。
六回裏、タイマーズの攻撃。
ワンアウトランナー無し、二番橋本の打席。
「このまま好き勝手にやられる訳にはいかねえ」
橋本は何とか突破口を開こうと、必死に食らい付いていた。ヒットに出来る打球は打てないが、少しでもデビットを苦しめようと粘っている。
『十二球目もまたファール。橋本粘ります』
『橋本選手から、なんとかしようと言う強い気持ちが感じられますね。デビット投手も嫌だと思いますよ』
実況席の二人も橋本の粘り強さに感心する。
橋本に何か策がある訳ではなかった。とにかく粘って、食らい付いて、あわ良くばフォアボールでも何でも出塁する事だけを考えていた。
ネクストバッターズサークルで見ていた清田は、左打席に立つ橋本の背中から溢れる強い執念を感じた。
「ボール」
十四球目、主審が横を向いてボールを告げる。橋本は粘りに粘って、ついに執念のフォアボールを奪い取ったのだ。
――橋本さん。あんたの気持ちは無駄にせえへんで。絶対に俺がホームに帰してやる。
清田はバッターボックスに向いながら心に誓った。
清田の打席の一球目。橋本に十四球も投げた影響か、デビットには珍しい真ん中辺りの失投が来た。
「来た!」
思わぬ好球に清田はフルスイングする。だが、力いっぱい振り抜いた打球は平凡なセカンド真正面のゴロ。おあつらえ向きのダブルプレイコースになった。
セカンド、ショート、ファーストとボールが回り、ダブルプレイ成立。あっと言う間にチャンスが潰れ、チェンジとなってしまった。
悔しくて呆然と一塁付近で立ち尽くす清田。悔しい原因は自分自身にあった。インパクトの瞬間、左肩の痛みで力が緩んでしまったのだ。それで打球に角度が付かず、セカンドゴロとなったのだ。
「すみません」
セカンドでアウトになった橋本が近づいて来たので、清田は謝った。
「お前左肩怪我してるだろ?」
「え? どうして……」
驚く清田に橋本は続ける。
「やっぱりそうか。スネークス戦でフェンスにぶつかった時だろ? 俺は見ていたんだよ」
「そうなんですか……」
「俺はよ、少しの怪我で痛い痛いと騒ぐ奴は嫌いだ。だがよ、隠して出てる癖に痛みを気にして力を出せない奴はもっと嫌いだ」
「……」
橋本の言う事が正論なので、清田は何も言い返す事が出来なかった。
「俺はお前がただの高卒ルーキーじゃなく、うちの中軸を打てる立派なプロだと思うから言う。出てる限りは死ぬ気でやれ。お前なら出来る筈だ」
それだけ言うと橋本はベンチに戻って行った。
厳しい言葉だが、その中に自分に対する期待が込められているのを清田は感じた。
「ありがとうございます!」
清田は橋本の背中に深くお辞儀をした。
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