第33話 最終決戦(1)

 マウンドに藤王が歩み寄り、林に声を掛ける。


「気楽に打たしてください。絶対に守りますから」


 林に声を掛けた藤王はサードの守備位置に戻って行った。


 まずアウトを一つ欲しい。一つ取れば落ち着ける筈や。


 藤王はなんとかこのピンチを切り抜ける事を考えていた。


 続く三番打者の二球目。打ち損ないの打球は高く打ち上がり、三塁側のシャインズベンチの方向に飛んで行く。


 藤王は全力で打球を追い駆ける。打球はベンチ内に落ちそうだが、一心に追い駆けている藤王の目には入らない。


「ああ!」


 不安そうに記者席から見ていた真希が思わず声を上げた。藤王が捕球と同時にシャインズベンチに転がり落ちたのだ。


 藤王の様子を見ているシャインズベンチの指示で、ランナーがタッチアップする。


「藤王!」


 三塁のベースカバーに入った林が声の限りに叫ぶ。


 二塁ランナーが易々と三塁に進塁出来るかと思われた瞬間、ベンチで急に立ち上がった藤王が林に送球する。


「アウト!」


 ギリギリのタイミングで塁審の手が上がる。三塁で藤王の送球を受け取った林が、シャインズのランナーをタッチアウトにしたのだ。


「無茶しやがって! 怪我するかもしれんし、余計にピンチが広がるだろ!」


 藤王がグラウンドに戻って来ると、林は怒鳴った。


「すんません。夢中で追っ駆けてたもんで」


 藤王はしょんぼりとしていたが体は大丈夫そうだった。


「ありがとよ」


 林はぼそりと話し、藤王に背中を向けマウンドに歩き出した。


 ランナーは二塁のみ。藤王が体を張ってツーアウトにしてくれたんだ。ここは絶対ゼロで切り抜けないと。


 気合の入った林は、後続の打者を打ち取り一回の表を無失点で切り抜けた。


「よし、良く切り抜けたぞ。さあ、先に点を取って行こう」


 松下がベンチに帰って来た選手達を激励する。


「藤王!」


 藤王が野川の横を通り抜けようとして呼び止められる。


「はい?」


 何か自分は怒られる事をしでかしたのかと考え、藤王は緊張の面持ちで野川の前に立った。藤王にとって野川は最上級の尊敬の対象であると同時に、畏怖の対象でもあったのだ。


「ナイスファイト」


 野川がにこりともせず、藤王の肩を叩いてそう言った。


「ありがとうございます!」


 藤王は深く頭を下げた。大勢の賞賛より、野川から褒められる何気ない一言が、藤王にとっては何よりも嬉しかった。



 一回裏、タイマーズの攻撃。


「今更、藤王を四番にしたところで何になると言うノダ」


 マウンドのデビットはスタメンが表示されている電光掲示板を見つめて呟いた。


 藤王のファインプレイで試合の流れを掴みたいタイマーズだが、デビットがそれを阻む。一番打者を三振、二番打者橋本はセカンドゴロと無難に仕留めていった。


 簡単に三者凡退では終わらせたくないタイマーズは三番清田が打席に入った。


 その清田もストレート二球であっさり追い込まれる。


「くっ、化け物か。ストレートと分かってるのにかすりもせえへん」


 清田は力の差を感じてデビットを睨んだ。


 デビットはサイン交換が終わると投球動作を始めた。


「これでお仕舞いネ」


 三球とも全て同じストレートを投げ込んだ。


 デビットは投げ終わったとたん、清田を見もせずマウンドを降りて行った。


 結果は空振りの三振。完全に清田は舐められていた。



 二回表シャインズの攻撃を、立ち直った林が三者凡退に退ける。



 二回裏タイマーズの攻撃。


『さあ、四番藤王が右打席に入りました。大元さん、この打席の注目する所はどこでしょうか?』

『二軍では数字を残していますが、一軍の投手と対戦するのが久しぶりなので通用するかどうかですね。藤王選手の底力に期待したいです』


 大元の言う通り、ファンも久しぶりの藤王に期待を込めて大声援を送っている。


 マウンド上のデビットはバッターボックスに立つ藤王を睨み付けた。


「少しは良い顔付きになったが、まだまだ小サイ」


 打席に立った藤王は、不思議なくらい落ち着いている自分に驚いた。久しぶりの四番で先発出場なのに、気負う事無く打席に立てる。


 藤王はちらりと記者席の真希を見た。


――小野寺さんのお蔭だ。


 藤王は打席で儀式を行い、打つ構えに入る。


 一球目、藤王はストレートを、球筋を確かめるように見送った。


 二球目、スライダーをフルスイングするが、一塁側へのファールになる。


 簡単に二球で追い込まれた三球目。


 カーンと乾いた音を立てて、ストレートを捕らえた打球はバックスクリーンに向けて飛んで行く。


 超満員のスタンドが大きくどよめく。


 しかし、一直線に追い駆けていたセンターの足が止まる。フェンスまであと二メートル程の所で打球は失速した。デビットは討ち取ったと確信していたのか、ボールを目で追う事すらしていない。


「今のお前にはこれが限界ダ」


 藤王は完全に芯で捕らえた感覚があったが、わずかにボールの下を叩いていた。それだけストレートに伸びがあったと言う事だ。


――大丈夫。打ち取られはしたが、タイミングは合っている。


 藤王は前向きに考えるように、自分に言い聞かせた。

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