第28話 明日のテレビの秘密

 美月は自分の部屋のベッドに潜り込んでいた。玄関で「ただいま」と言う野川の声が聞こえたが、美月はベッドから身を起こそうとはしない。


 明日の試合は録画して美月は見ていなかった。見たとしても自分には何も出来ず悲しい思いをするだけだからだ。


 ガシャンと一階でガラスが壊れるような大きな音がした。強盗かと驚いたが、野川の声が聞こえないのは不自然だった。


 美月はパジャマの上にカーディガンを羽織り、一階に降りて行った。



「お父さん、何してんの!」


 美月は驚きの声を上げた。美月がリビングで見た物は、バットを片手に立つ野川と画面が粉々に壊された明日のテレビだった。


「藤王を使わなかったのも、桂木を酷使したのも全て俺の意思だったんだ……」

「どう言う事?」

「明日のテレビが、勝つ為に二人の起用を決めていると俺は思っていた……。だが違ったんだ。最初はそれが正しかったんだろうが、勝ち続けるうちに『藤王を使うと勝てない、勝つ為には桂木が必要』と俺自身が思い込み始めたんだ。その結果、明日のテレビは結果に干渉出来る俺の意志を反映して『藤王を使わないで勝つ方法、桂木を投げさせて勝つ方法』を優先して映していたたんだ……」

「なっ……」


 美月は驚いたが、思い当たる事があった。二日前の試合で、「絶対に義人君は使わない、使った場合はお父さんに伝えない」と念じてその通りの結果を導き出した。明日のテレビは、結果を変える事が出来る者の意思を反映するのだ。


「俺の所為で二人を……いや、チームを壊してしまった。もう明日はテレビを頼らない。チームの力を信じて戦ってくる。それが選手達へのせめてもの償いだ」


 美月は野川の表情に固い決心を感じた。


 

「もうヤバイで、桂木さん」

「お願いします、あと一試合だけ投げられる肩にしてください」


 桂木は試合後に、個人で付き合いのあるトレーナーの所で体のケアを受けていた。


「これ以上投げたら大きな怪我するで」


 トレーナーの真剣な表情を見れば、桂木の状態がかなり深刻だと分かる。


「そこを何とかして下さいよ。後一試合だけで良いんです」

「桂木さん、あんたの将来を考えるとな……」


 ドクターストップを掛けなければいけない程、桂木の体は限界に達していた。



 桂木が体のケアを終えて帰った後、トレーナーはタイマーズの球団関係者に電話した。チームに内緒にしていたいからからこそ、桂木はここに来ているのはトレーナーにも分かっている。だが、桂木の才能を潰す事が分かっていながら黙っては居られず、電話したのだ。



 美月がベットに入ろうとした時、桂木からメールが入った。


(明日、俺が肩を壊して二度と投げられなくなったとしても、監督を恨まないで欲しい。俺は後悔しないから。もし、アルバイトで暮らす事になったとしても美月を守って行くから付いてきて欲しい)


 美月はスマホを抱きしめた。


――もし義人君が二度と投球が出来ない体になったとしても一生自分が支えて行こう。


 桂木の決意を感じて、美月も覚悟を決めた。



 桂木は美月からメールの返信を受け取った。


(分かった。その時は私も働くから一緒にがんばろうね)


 喜んだ桂木は、(ありがとう)と一言返信し、布団に潜り込んだ。体は限界まで達しているが、気持ちは今までで一番充実していた。



 真希は自宅マンションに帰ると、上着も脱がずにベッドへ倒れこんだ。


 仕方が無いとは言え、明日の世紀の一戦を生で観られない事に酷く落ち込んでいた。数ヶ月前の自分なら、考えられなかった事だと真希は思う。今はそれだけ自分が記者と言う仕事にのめり込んでいるのだと気がついた。


――藤王さんのお陰だ。


 真希は真っ先にそう思った。


――藤王さんの努力を多くの人に伝えたい。


――藤王さんの人柄を多くの人に伝えたい。


――藤王さんの実力を多くの人に伝えたい。


 そう思えば思うほど仕事に熱が入ったし、楽しくなった。


「藤王さん、どうしてるかな……」


 真希は小さく呟いた。


  ポケットからスマホを取り出し、ディスプレイを眺めたが、そこから先は指が動かない。


 あれだけ酷い仕打ちを受けたのだから落ち込んでいるだろう。藤王を励ましたかったが、真希はなんと言えば良いのか分からなかった。采配の理由は分かっているが、それを正直に言える訳では無いからだ。


「あっ!」


 その時、スマホの呼び出し音が鳴った。相手は藤王だ。


「はい、小野寺です」

「夜中にごめん。藤王です」

「いえ、大丈夫です。今帰って来たところで起きていましたから」


 真希がそう返事をした後、しばらく沈黙が訪れる。


「……あの……今日は残念でしたね……」


 真希はなんと言って励ましたら良いのか分からず、曖昧な言葉を掛けた。


「ごめん。誰かに話を聞いて欲しかったんやけど、迷惑やったな……」


――やはり、藤王さんは落ち込んでいるんだ。


「今、どこに居るんですか? 聞きます。会って話を聞かせてください」


 真希は急に藤王に会いたくなった。迷惑どころか、落ち込んだ時の話し相手に自分を選んでくれた事が嬉しかった。顔を見て話をしたいと思ったのだ。


「……実は、今、下の公園に来てんねん」

「えっ」


 真希はベッドから飛び起き、ベランダの窓から公園を見下ろした。だが、位置が悪いのか、藤王は見当たらない。


「ごめん。ストーカーみたいで気持ち悪いよな。帰るわ」

「い、いや、ちょっと待って。今すぐ行きます。帰らないで下さい」


 真希は慌てて部屋を飛び出した。エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け下りる。


 公園に出て辺りを見回すと、大きな体を小さく丸めた藤王がベンチに座っていた。


「藤王さん」


 真希は藤王の前に立って、優しく微笑んだ。


「小野寺さん……」


 藤王が落ち込んだ様子で真希を見上げる。真希は藤王の横に座った。

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