第24話 真希の疑念
野川は家へと車を飛ばしている。
監督室から美月に電話をしたが、泣いて謝るばかりで内容が掴めない。ただ、その様子から美月が何か事情を知っていると野川は感じた。
家に帰ると玄関の灯りさえ点いておらず、美月の出迎えもなかった。
リビングに入り灯りを点けると、目を真っ赤にした美月がソファに座って待っていた。さんざん泣いた後に何か覚悟を決めた。そんな顔つきだった。
「美月……」
野川が心配した顔で美月の前に座る。
「今日負けたんは、私の所為なの……」
「……どう言う……意味だ」
「昨日、明日のテレビを観る時に、絶対桂木さんを使わんように、使った場合はお父さんに伝えないって念じてから観たの……桂木さんが出ないなら負けても良いって……」
「な、なんだと。お前は今日の試合がどれだけ重要なのか分かって無かったのか!」
美月に騙された事を知り、野川は声を荒げて怒った。
「知ってたよ! でも桂木さんはもう故障寸前やで! あの人が今までしてきた努力が無駄になってしまうなら、タイマーズなんてなくなってもええよ!」
「お、お前なんて事を……」
美月が桂木の酷使に対して、ここまで否定的に考えているとは思わず、野川は驚きで言葉が続かなかった。
と、その時、野川は壁掛け時計の時刻に気が付いた。午後六時を少し回っている。
「あ、試合のチェックをしないと……」
野川は慌ててリモコンのスイッチを入れ、明日のテレビの電源を点けた。今日負けたからには明日の試合は絶対に負けられないのだ。
「お父さん……」
今まで反抗なんてした事のない自分がここまではっきり意思を示したのに、父にはチームの方が大事だったのかと美月は感じた。
すぐに画面に試合の様子が映し出される。一回表のマウンドには桂木が立っていた。
野川は美月の顔を見る事が出来なかった。
――明日のテレビにこうして映っていると言う事は、明日は必ず桂木は登板する。その事は美月も分かっている筈だ。
――すまん美月。もう一試合も負ける事は出来ない。明日のテレビを使うしかないんだ。
美月が怒っているのか泣いているのかいずれかは分からないが、野川にはそれを確認する勇気はなく、気が付かない振りをしてノートに視線を落とした。
美月は泣いていた。
桂木が明日登板する事、父が自分に向き合ってくれない事、自分が無力な事、その全てが悲しかった。
美月はテレビから目を離さない野川に声を掛けず、リビングを出て自分の部屋へ戻って行った。
大阪スタジアム、東京シャインズ戦。今シーズンも残すところあと二試合となった。
真希は試合前の取材も終わり、記者席で今日のスタメン表を眺めている。
なぜ昨日の試合が負けたかは、夜に美月と連絡を取り、真希にも理由が分かっていた。昨日の試合の重要性を考えると野川監督はショックだっただろうと真希は思う。そうは思うが、美月を責める気にはなれなかった。桂木との関係も聞いたからだ。
なんとか今日の桂木の登板を止めさせる事が出来ないかと美月に相談されたが、ただの記者である真希にそんな力は無い。明日のテレビの公表を脅しに使えば出来るかも知れないが、自分にそんな脅迫が出来ない事を、真希は分かっていた。
――今日の先発は美月さんから聞いていた通り桂木さんだ。野川監督が明日のテレビを使っている証拠だ。何故明日のテレビは桂木さんばかり優先的に使うのか?
――元々速球で押すタイプではないので、緩急や投球術、明日のテレビのミラクル采配で抑えてはいるが、同じミラクル采配を使うのなら他の投手の方が楽に抑えられるのではないか。
その時、真希はふっと頭に疑問が浮かんだ。
――桂木さんを使う事と藤王さんを使わない事、どちらも明日のテレビが選んだ事なのだろうか?
――なぜ明日のテレビはそんな偏った采配を使うのか。それが一番勝利に近いのか?
――いや、そうとも思えない。今の藤王さんはチームの誰より打てるし、桂木さんの疲労も目に見えて激しい。
――何か釈然としない。理由がある筈。
真希は何か掴めそうなのに掴めないもどかしさを感じた。
藤王は試合前の打撃練習を終え、ベンチで試合開始を待っている。
昨日あれほど桂木に任せろと大見得切ったのに、結局自分は何も出来ずに負けてしまった。チームが連勝を続けている時になんの役にも立てず、優勝が掛かった今日のような大事な試合にもスタメンを外れている。自分に出来る事は声を掛けるだけしかないのが、心底情けなかった。
――考えすぎるな。俺はいつでも出れるようにしっかり準備するだけや。あと二試合のうちにきっと出番が回ってくる。気持ちを切らすな。
藤王は折れそうになる心を自分で励ました。
球場は異様な熱気に包まれている。優勝を争う両チームの直接対決。特にシャインズは今日勝てば優勝が決まる試合だ。
超満員のスタンドはどちらのチームの応援団も気合が入っていた。試合前から鳴り物の応援が球場内にこだましている。両チームの選手達の表情も通常とは違う緊張感が浮かんでいた。
一回表のマウンドに立つ桂木は投球前に大きく伸びをした。一日休んだとは言え連投が続いた体は簡単には回復しない。だが優勝の懸かった試合で泣き言を言っていられなかった。
「さあ、行くぞ」
桂木は自分自身に声を掛けた。
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