第22話 あと三試合

 試合開始し、桂木は投球を始めると体の疲れと肩に張りを感じた。だが、悲鳴を上げる体とは逆に、気持ちの方は投げれば投げる程高まっている。


――これだけ充実した気持ちで投げられるのは高校時代以来かもな……。


 桂木は高校生時代を思い出す。


――高校時代、、うちのチームは俺以外まともに投げられる投手も居らず、毎試合必ず先発し、大差でもならない限り完投した。それに対して不満や負担を感じた事など無い。信頼されて投げられる喜び。それを感じる事で、重い体を気力で動かしていた。

――あの頃と同じだ。監督が信頼してマウンドに送り出してくれる。俺はそれに応えるだけだ。



 野川はベンチからグラウンドを見つめていたが、結果の分かっている試合に集中出来ず、頭では明日からの事を考えていた。


――今日の勝ちは決まっているので、残すところ実質三試合。今日の勝利でシャインズと並び同率首位に立つ。明日も勝てば単独首位だ。そうすれば、最後の直接対決は一勝一敗でも優勝出来る。チームの存続が目の前まで来た。あと少し、もう数試合だけ無事に乗り越えられれば。


 野川は無事に試合を終えられるように祈った。



 九回表、スネークスの攻撃。一対〇でタイマーズのリード。結局今日も点差が少なく、好投の桂木はマウンドにいた。


 さすがに酷使の影響で球の走りも悪く、ピンチも多いが時折指示される野川の采配に助けられていた。


 今もツーアウトとは言えランナー二塁、一打同点の場面だ。球数はもう百二十球を超えている。


「あ!」


 桂木は投げた瞬間、声を上げてしまった。


 重い体を無理やり気力で動かして投げた球は、球威の無い真ん中辺りの失投だった。


 桂木の失投を逃さず、打者はフルスイングではじき返す。


 打者が捕らえた球はレフトに向かい飛んで行く。長年の感覚から桂木は左中間を破られると覚悟した。


 打球を追って振り返った桂木の視線の先には、必死に打球を追いかける清田の姿があった。清田はダイビングし、打球に追い付くとそのままの勢いでフェンスに激突した。


「大丈夫か!」


 真っ先に清田に近づいたのはセンターの橋本だった。


「おい!」


 返事も無く横たわったままの清田に、橋本がもう一度声を掛けた。


「心配せんでも大丈夫ですよ」


 そう言うと清田は上半身を起こし、ボールを掴んだグローブを上にかざした。


「アウト!」


 駆け寄って来た審判の右手が上がり、試合が終了した。


「大丈夫か!」


 マウンドから駆け寄ってきた桂木が声を掛ける。


「なんや皆さん大袈裟やなあ」


 トレーナーから担架を使うか聞かれても、「大丈夫、大丈夫」と平気な顔で立ち上がった。


「ありがとう助かったよ」

「当然ですわ。優勝せなあかんのやから、少々の無理はせんと」


 いつもの調子で憎まれ口を叩く清田に、桂木は安心した。



 デイゲームの試合が終わり、野川は夕暮れの町を自宅に向かい、急いで車を走らせていた。


 明日も同じ相手とのデイゲームなので、既に明日のテレビで結果が分かっている筈だが、美月からは何の連絡もない。心配した野川が連絡しても、美月から返信が無かった。


――もし何らかのトラブルがあり、明日のテレビを観られなかったとしたら……。


 それだけは絶対に避けたかった。ここまで来て優勝が出来ないとなると、選手達に与えてしまった苦労が無駄になってしまうから。



 家に着くと、もう日が落ちているのに灯りも点いておらず、暗く静かだった。


「ただいま! 美月、帰ったぞ」


 野川は玄関に入るなり声を掛けたが返事は無い。奥に行き、リビングに入るとメモが置いてあった。


(体調が悪いので先に寝ています。起こさないでください。ご飯は用意しているので温めて食べて下さい。 美月)


 野川は心配だったが、本人が起こさないでと言う事なので従った。


 メモの下には明日のテレビの観戦ノートが置いてある。中を読むとちゃんと明日の試合の分も書いてあり、チームは勝っていた。


――よし、これでシャインズとの直接対決を前に首位に立った。後の二試合は一勝一敗で良い。


 ドーム球場が本拠地で試合進行の早いシャインズは、この最終の二連戦まで日程に余裕が有る。十分に調整してエース級が登板する事が確実だった。中でも最終戦に予想されるデビットは、明日のテレビを使っても引き分けるのがやっとで、今シーズンはまだ勝てていない相手だ。だが明日勝つ事でタイマーズは優位に立つ。シャインズとの一戦目に勝てばその時点で優勝決定。最終戦のデビットには負けても構わないのだ。


 野川は上機嫌で食事をしながらノートを読み、明日の試合を確認した。


――明日は桂木の登板がないのか…。


 安心すると共に、野川は少し意外な気もした。


 ここ数試合の桂木は何かが乗り移ったように気迫溢れる素晴らしい投球としていた。もう残りの大事な試合は、桂木無しでは超えられないと野川は考えていたからだ。


――まあいい、桂木を休ませられるのは好都合だし、勝利と言う結果があればそれで良いんだ。


 野川は手酌で注いだビールを飲み干した。

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