第18話 秘密を知った真希

「これが何か……」


 真希は意味が分からず、しばらく画面を眺めていた。


「この番組が何曜日に放映されるか知っているか?」


 真希は野川の質問の意図が分からなかったが、画面を見て考えた。


「あ、今日は月曜日なのにこれ火曜日の番組だ……」

「そうだ、これが明日のテレビだ」


 

「そんな……冗談ですよね」


 野川は真希に明日のテレビの事を最初から説明した。新聞記者に、中途半端に勘ぐられるぐらいなら、ちゃんと説明して何とか口止めした方が良いと考えたからだ。

野川から説明されたが、真希はすぐに信じる事が出来なかった。常識的に考えて明日の放送が映るテレビなんてある筈がないのだ。だが、野川の常識を超えたミラクルな采配も明日のテレビを考えれば説明が付く。しかも実際に目の前で明日の放送が流れているのだ、考えれば考える程、真希も信じるしかなかった。


「これで勝つってインチキじゃないですか」


 混乱した真希は頭に浮かんだ事をそのまま口にした。


「頼む! ここまで正直に話したんだ。シーズンが終わるまでこの事は胸にしまって欲しい」


 インチキと言う言葉を聞いてか、野川はいきなり真希の目の前で土下座した。


「あ、いや、監督……」


 突然野川に土下座されて真希は戸惑う。


「小野寺さん、私からもお願いします。父は自分の為にしているんじゃないんです。もし今シーズン優勝出来なかったらタイマーズは売却されるんです」

「ええっ! 売却ですか?」


 真希は新たな事実に驚いた。


――なるほど、明日のテレビを使ってタイマーズを救うと言うのは売却を防ぐと言う事なのか。


 真希はだんだん理解出来てきた。


「頼む、俺はどう思われてもいいんだ。でもタイマーズだけは売られる訳にはいかねえ。今まで支えてくれたファンの為に」


 真希は中華料理屋のマスターの言葉を思い出していた。


――野川監督の言葉に嘘はないだろう。この人は本当にタイマーズの事を一番に考えているのだ。


 そう考えると、伝説的な存在の野川が自分のような者に土下座までする事がどれ程の行動か、真希の心に突き刺さって来る。


「監督、頭を上げてください。あなたは簡単に土下座なんてして良い人じゃないんです。ファンや選手達の憧れなんですから」


 真希が手を添え野川は頭を上げた。


「分かりました。私は何も見なかった事にします」

「小野寺さん……」

「すまん……」


 野川はもう一度、真希に頭を下げた。


「でも、一つだけ聞かせて下さい」


 明日のテレビを公表する事は出来ないと納得したが、真希はどうしても確認しておきたい事があった。


「藤王さんを使わないのはどうしてですか?」


 真希に聞かれて、野川は少し考えた後に重い口を開いた。


「藤王を使えば勝てないと明日のテレビが言っているんだ……」


 野川は後ろめたい事を話しているかのように真希から視線を逸らした。


「そんな事有り得ません! 藤王さんは絶好調です。使えばきっと勝利に貢献出来る筈です! 何か明日のテレビが間違えているんじゃないですか?」


 真希は野川の言葉に我慢出来ず、声を荒げた。


「調子が良いからと言って勝利に貢献出来るとは限らんのだ。エラーしたり、意味の無い場面で打ったりしてな。現に藤王を使わなくなってからチームは連勝してるじゃないか」

「そんな……」


 野川の言葉が正しいのかも知れないが、真希はそれを認めたくは無かった。認めてしまうと、藤王の努力を否定してしまうように感じたからだ。


「すまん……君が藤王を応援してくれる事は有り難く思う。でも今はチームの勝利が最優先なんだ。藤王を使う訳にはいかないんだ」


 もう一度頭を下げた野川を見て、真希はそれ以上何も言う事が出来なかった。



 野川の自宅を出て、歩いて駅まで向かう途中、真希は藤王の事を考えていた。


――確かに、野川監督は明日のテレビを使って最良の采配を振るっている筈だ。常識外れのミラクル采配からもそれが分かる。その結果で藤王さんが使われないのは、野川監督が言うように、勝つ為に障害となるからなのか……。


 ネガティブな考えが浮かんで、真希の足が止まった。余りに悔しくて涙さえ浮かんでくる。


――いや、違う。


 真希は頭を振って自分の考えを否定した。


――そんな筈はない。出場さえすれば藤王さんはきっと活躍してくれる。私が藤王さんを信じないでどうするんだ。

――何かきっと理由がある筈。いつか藤王さんの力が必要とされる時が必ず来る。


 真希はこぼれそうになる涙を堪え、自分にそう言い聞かせた。



 真希が明日のテレビの事を知ってから数試合行われたが、相変わらず藤王の出番はない。それでも藤王は不満を口にする事もなく、今もこうして真希の目の前で試合前の特打ちも続けている。


「藤王さん、調子が良さそうだな」

「あ、桂木さん」


 桂木が室内練習場に入って来ていた。まだ他の選手は来ていないが、早目のアップは桂木が先発する日のルーチンワークだ。


「この時間にアップするって事は今日も先発ですね」

「それは言えないな。監督に怒られちゃうよ」


 ばれている事は承知で、桂木はいたずらっぽく笑った。


 藤王さんと桂木さん、この二人は明日のテレビの犠牲者だと真希は思った。


――全く使われなくなった藤王さんと過度に登板している桂木さん。二人の立場は全く逆だけど、明日のテレビの影響を一番受けている二人だ。

――桂木さんはどう思っているのだろう。野川監督に不満を持っているのだろうか。


 真希は周りを見回した。幸い近くに人はいない。


「あの、驚異的なペースで登板していますが、起用に不満があったりします?」


 真希は周りを気遣い、声のトーンを落として桂木に聞いた。

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