第17話 忍び込んだ真希

「本当に、監督には悪いと思うんやけどな……」


 巽はオーナーの我儘を、野川に押し付ける事に罪悪感を覚えた。


――オーナーは巽を使えば俺がインタビューを受けると踏んでいるのだろう。


 野川はその事が気に入らず、余計に受ける気がしなかった。だが、自分とオーナーとの間で板ばさみになる巽の事を思うと、野川は無下に断ることが出来ない。昔から苦楽を共にし、チームを盛り立てて来た仲間なのだ。


「分かったよ。気は進まねえが受けるよ」


 野川は小さく溜息を吐いて承諾した。


「ありがとう、ホンマ助かるわ。チームも優勝を狙える位置に上がって来たし、ホンマ監督はウチの神様やで」


 安心した巽の口はいつもより滑らかになったが、野川は逆に気が重かった。連勝中の采配についてあれこれ聞かれるのは目に見えていたからだ。



「ええ! なんで監督のインタビューが……」


 出社した真希は、岸部から渡されたライバル社の記事を読んで絶句した。野川監督の独占インタビューが掲載されていたからだ。


 内容自体は大した事は書いていない。ミラクル采配についても、ひらめきだの偶然だのと、読者が期待するような秘密の暴露がある訳ではなかった。だが、あれ程頑なに取材を拒否し続けていた野川が、一社だけにインタビューを受けた事は意味がある。特に同業者である真希達には衝撃だった。


「なぜ他社でインタビューを受けたか分からん。だが、時間も経ってるし、お前が怒らせた事とは無関係やと思うから気にすんなよ」


 岸部からそう言われても真希はショックを隠しきれなかった。もし自分が怒らせていなかったら、独占インタビューはうちが取れていたかも知れないからだ。



 次の移動日の夜。真希は藤王の取材を終えた後、野川の自宅を訪れていた。

真希は他社に独占インタビューを奪われた責任を感じ、無礼な態度を謝ろうと試合後に何度か声を掛けたが、野川は取材拒否を続けており無視された。仕方なく、何とか話をする為に家まで押し掛けたのだ。


 だが、勢いで家の前まで来たものの、急に不安になってきた。


――強引に押しかけて逆に怒られないかな。いや、怒られるよねやっぱり……。


 呼び鈴を押す勇気が出ず、真希が引き返そうと思ったその時。


「お父さんお願い。もう明日のテレビを使うのを止めて」


 門を通ってすぐ左側にある庭の方から女性の声が聞こえた。


――明日のテレビ? 何だろう? 庭に面したリビングから聞こえる声かな……。


「勝ち続ける為には明日のテレビが必要なんだ。優勝出来なきゃタイマーズは売却されるんだぞ」


――ええつ? 勝ち続ける為に明日のテレビが必要? 優勝出来なきゃタイマーズが売却される?


 真希は話の内容に興味を持ち、吸い寄せられるように庭の方に入って行った。


「それは分かるけど、明日もまた桂木さんが先発してるやん! しかも完投って、お父さん桂木さんを殺すつもり?」


 美月と野川は明日のテレビの前で言い争っていた。美月はノートを手に持ち泣きそうな顔で野川に詰め寄っている。


「殺すってお前、大袈裟に言うなよ」

「プロの投手があれだけのレベルになる為に、今までの人生でどれだけの時間努力してきたか、お父さんが分からない訳ないやん! もし桂木さんの投手生命が断たれたら、お父さんなんて謝るつもり?」

「そ、それは……」


 美月は野川が今までに見たことの無い勢いで怒っている。その勢いに押され、野川は口ごもってしまう。


「だからもう止めよう、お父さん」

「駄目だ、それは出来ん。俺は非難されても構わん。明日のテレビを使って優勝し、タイマーズを守るんだ」


 美月に対して強気に出られない野川だが、明日のテレビを放棄する事だけは絶対に譲れなかった。


「そこで何をやってるんや!」

「ひやっ!」


 庭に回り二人のやり取りを立ち聞きしていた真希は、急に大きな声を浴びせられて飛び上がる程驚いた。


 真希が声の方を見ると制服姿の警官が立っていた。


「あ、いや、違うんです……」

「何が違うんや」


 しどろもどろになる真希に警官が近づいてくる。


 その時がらりと網戸が開き、野川が顔を出した。


「何が……あ、お前は!」

「ああ……」


 野川は振り向いた真希と目が合い驚いた。真希は言い訳の出来ない状況に困り果てた。


「この人がここで家の様子をうかがっていたのですが、お知り合いですか?」

「あっ……ああ、その……親戚なんだ。大した事では無いんだが、ちょっと喧嘩していてな」


 警官の質問に、野川は咄嗟に考えた言い訳で真希を助けた。


「そうですか、それなら良かった」

「何やってんだ、早く上がれ」


 野川は真希にリビングに上がるように手招きした。


「す、すみません」

「問題が無いのなら、これで失礼します」


 野川が真希を家に入れるのを見て警官は引き上げて行った。


 真希は気まずさを感じながらも、庭で靴を脱ぎリビングに上がる。


「お邪魔します……」

「お父さん、この人を知ってるの?」


 美月が警戒するような目付きで、リビングに上がった真希を見ている。


「新聞記者だ」

「初めまして……ヨンケイスポーツの小野寺と言います」


 真希は居心地の悪さを感じながら、美月に名刺を差し出した。


「え、記者さん? どうして家の庭に居たんですか?」

「あ、いや、それはその……」


 真希はどう説明したら良いのか分からず口ごもった。


「どこまで聞いていた?」


 野川は真希がここにいる理由などお構い無しに、どこまで事情を知ったのか聞き出そうとした。


「……明日のテレビを使ってタイマーズを救うとか……娘さんが、桂木投手が連投するので明日のテレビを使うのを止めようとか」


 真希の言葉を聞き、野川はふーとため息を吐き少し考えた。


「これを見ろ」

「あ、お父さん」


 野川はリモコンのスイッチを押し、明日のテレビの電源を入れた。


 テレビにバラエティー番組が映し出される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る