第14話 松下の配慮
タイマーズはデビットを相手にシャインズと引き分けたが、以降はまた連勝を続けていた。
あの日以来、藤王は目の色を変え、追い立てられるように練習し続けている。二軍では結果が出ていたが、藤王は納得出来ない。完敗したデビットとの対戦で自信を失っていた。
大阪スタジアムで開催された試合が終わり、記事を会社に送り終えて真希がマンションに帰って来る頃には深夜になっていた。化粧を落とし、シャワーを浴びてベッドに倒れこむ。
――疲れた。仕事仕事の毎日……こんな生活でいいのかな。学生時代の友達はみんな遊んでいると言うのに……。
疲れすぎてネガティブな気持ちになっている真希の頭に、藤王の顔が浮かんできた。
――藤王さん……。
――がんばろう。私だけ音を上げる訳にはいかない。
――連勝を続けてから出番はまだ無いけど、藤王さんは諦めずに毎日毎日練習し続けている。いつか藤王さんの努力は絶対に報われる。
いつしか、藤王の努力し続ける姿は真希の心の支えになっていた。真希は藤王の姿を心に浮かべ、いつの間にか眠りについていた。
「ヨシッ! いいぞ、今の感じ」
大阪スタジアムの室内練習場に、松下コーチの声と藤王の放つ打球の音が響いていた。今日のタイマーズは試合の無い移動日。
連勝が始まって以来、野川の意向で移動日は完全休日、実際の移動は翌朝となっていた。
相変わらず休まない藤王に付き合って、今日は松下も練習に顔を出している。真希は邪魔にならないように離れた場所で眺めていた。
「ん?」
松下が真希の存在に気付き近づいて行った。
「あれ、今日は全体練習休みだよ?」
「あ、はい、知っています。ただ、藤王選手は練習すると聞いたもので……」
「え? 藤王の取材に……」
――そう言えば最近あの記者さんは藤王の事を熱心に取材していたな。
松下は真希の顔を見て思い出した。
――ありがたい事だ。控えに回って以来、藤王を取材する記者の数が日に日に減ってきている。この記者さんが記事にしてくれれば、注目度が上がって監督の目にも留まるかもしれんからな。
そう考えると、人の良い松下は何かサービスしたくなった。
「そうか、今日は他の人も居ないし近くで取材すれば良い。聞きたい事があれば答えるよ」
「はい、ありがとうございます。お願いします」
松下の好意により真希はゲージの後ろで練習を見られる事となった。
「藤王選手の調子をコーチはどう見ていますか?」
良い機会だし、真希は松下に藤王の事を聞いてみることにした。未だに藤王を使わない理由も知りたかったのだ。
「調子ね……良いよ。チームが負けていた頃は焦りからフォームを崩していたけど、今は本来の調子を取り戻している」
「ですよね! ウエスタンでも良い成績を残していますし。藤王さんは打球の角度が違いますよね!」
松下は嬉しそうに同意する真希の顔を意外そうに見つめた。
「ほお、良く見てるね。最近注目する記者も少ないのに」
松下の言葉で、真希は少し浮かれてしまっている自分に気が付いた。そう思うと急に恥ずかしくなり、真希は顔が赤くなる思いがした。
「あ、あの、藤王さんの取材も仕事ですから……」
「へえ、そうなの」
――藤王さんか……。
松下は真希の様子を見て、この娘は藤王に特別な感情があると感じた。その感情がどこまでなのかは分からないが、熱心に取材しているのも無関係じゃないだろう。
「あ、あの……藤王選手のスタメン復帰は近そうですか?」
「それは……」
真希の質問に松下は答える事が出来なかった。その答えは松下自身も聞きたい事だったから。
「あいつは真面目過ぎるんだよ。調子が良くても自分で勝手に悩んじまう。最近は特にそうだな……何かに追い立てられているみたいだ。もっと自信を持っても良いのにな……」
真希ははぐらかされたと思った。
やはり、野川監督に直接聞くしか答えは聞けないのだろうか。
「藤王選手は悩んでいるんですか?」
真希は仕方なく質問を変えた。
「悩んでるねー。性格なのかね。休みの日に気晴らしでもすれば良いんだけどな……」
松下はふと、真希の顔を見て考えた。
「えっと、たしか小野寺さんだっけ?」
「はい、ヨンケイスポーツの小野寺です」
「君は、この後も仕事?」
「え? いえ、今日は私が無理やり取材に来たんで、会社に帰らなくても大丈夫ですけど……」
「そうか! ならお願いがあるんだけど」
「は、はい……」
練習終了後、真希は松下からミーティングルームで待つように言われた。
「お待たせ」
藤王が相変わらずのジャージ姿で部屋に入って来た。
「あ、ありがとうございます。じゃあ、行きますか」
「え? どこに行くん? 取材は?」
「え? 出口で待っているって、松下コーチから聞いていませんか? 食事に連れて行ってくれるって言われたんですけど……」
と、その時、藤王のスマホが鳴った。メールが入ったみたいだ。
「あ、松下さんからメールや。行けなくなったから二人で行ってくれって」
――もしかして松下さんは私の態度に何か感じて気を利かせたのだろうか。
真希は自分の気持ちを見透かされた気がして、急に恥ずかしくなってきた。
「どうする? もちろん食事は奢るけど、予定あるならやめる?」
「あ、予定なんて全然ないです。お金も出しますし是非……」
咄嗟に出て来た真希の気持ちは、『行きたい』だった。
「じゃあ、決まりやな。でも、俺はいつも寮でご飯食べるから良い所知らんしな。小野寺さんの好きな所に行くよ」
――急に言われても……。そうだ!
真希は良い所を思い出した。
「じゃあ、私の知っている所に行きましょう」
藤王の車で現地に向う事になった。車は古そうな国産車だった。車に詳しくないので真希には車種やランクなど分からなかったが、高級車には見えない。同年代の選手達は外国産の高級車に乗っているのに、興味がないのだろう。そう言う所が藤王らしいと真希は好意的に感じた。
車で向う途中、重い空気で道案内以外、会話は殆ど無い。
「小野寺さんはなんで俺なんか熱心に取材してるん?」
「えっ?」
不意に藤王からそう聞かれて真希は驚いた。
「あっ、藤王さんの担当ですから……」
真希は藤王の意図が分からず無難に答えた。
「そうか、大変やな……」
「えっ、いえ、仕事ですから……」
真希はますます藤王の気持ちが分からなかった。ただ、そう話す藤王は元気が無いように真希は感じた。
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