第13話 デビットから試される藤王

 シャインズと引き分け、試合後に藤王は宿舎になっているホテルへと帰って来た。遠征の場合は他の選手達と一緒にホテルへ帰り、その後近くの公園などで素振り練習するのが、藤王の習慣になっている。


 藤王がバットを持って部屋を出ようとした時、フロントからの電話が鳴った。


「はい」

「夜分にすみません。デビット様から藤王様へ電話が掛かって来たのですが、お繋ぎしてもよろしいですか?」


 デビットと聞いて、藤王が思い当たる人間は一人しかいない。


――なぜ、こんな時間にデビットから?


「ありがとうございます。繋いでください」


 不思議に思いながらも、藤王は話を聞く事にした。


「藤王カ」

「はい」

「今、お前を迎えに、タクシーを向かわせていル。バットを持ってそれに乗レ」

「えっ?」


 デビットはそれだけ言うと、ガチャリと電話を切った。


――何なんや、今の電話は……。


 藤王がどうすべきか考えていると、すぐにまたフロントから電話が入る。


「はい」

「今、タクシーが藤王様を迎えに来ていますが、どう致しましょう?」


――デビットは俺をどこに連れて行こうと言うんや……。


「分かりました、すぐに行きます」


 デビットの考えは分からなかったが、代打ですら出番の無い自分に何の用か興味があり、藤王は誘いに乗る事にした。


 タクシーに乗って着いたところは関東ガスの野球場。都市対抗野球の常連チームとあって、球場は簡易のナイター設備や小さなスタンドまである。おまけに特設の投光器まで用意されていて、内野はプロのナイター試合と同じくらいの明るさがあった。

選手達に混じり、大柄の外国人、デビットがキャッチボールをしていた。


「オウ、藤王、来てくれたか!」


 藤王の姿を見つけたデビットがキャッチボールの手を止め、歩み寄ってくる。


「一体何なんですか、これは?」

「俺とお前の勝負をする舞台ダ」

「勝負? 何を言うてるんや?」

「今日は監督さんに無理言って用意してもらっタ。こうでもしないと、お前と勝負出来ないからな」


――そう言えばデビットは関東ガスのCMに出ていたし、シーズン前の自主トレもここだと聞いた事がある。


「なんで、俺と勝負するって……」

「野川はお前を使うつもりが無いからこうするしかないのダ。

 俺は日本が好きダ。野川のような打者と対戦したくて来日したが、野球に関係なく日本が好きになっタ。親切で秩序ある人々、歴史や自然が豊富な国土、何よりも野球を心から愛するファンが居ル。俺はずっとここで暮らしたいのダ。

 だが、肝心な野川のような打者が居なイ。お前がそうでなければ、残念だが、俺は今年限りでアメリカに帰ルヨ。だから、お前と勝負する必要があるのダ

 お前にもメリットがアル。もし俺に勝てれば、関東ガスの監督さんを通じて、スポーツ新聞に記事として掲載して貰ウ。今日タイマーズを完封した俺を打てれば、今後使わない訳にはいかないだろウ」


 藤王はデビットの言葉に驚いた。代打ですら使って貰えない自分にそれほど拘る価値があるのだろうかと。


「俺で良いのか?」

「お前以外、可能性のある打者を俺は知らなイ」

「分かった、準備する」


 勝負したとしても藤王にはリスクが無い。藤王はアップを済ませ、デビットと対戦する事にした。


「勝負は三打席で一本でも安打が出れば藤王選手の勝ちとする」


 関東ガスの選手が守備に着き、主審を務める監督が宣言した。


「えっ、ヒット一本で良いんですか?」

「デビットさんからの条件なんです。まあ、一本出れば三割三分ですから」


――三打席連続で打席に立てるのは打者としては有利な条件だが、確かに率で考えるとそうか。


 藤王は納得して、打席に着いた。


「プレイボール」


 主審の手が上がり、勝負が始まる。


――大きい……こんなに大きかったか?


 打席でバットを構える藤王はマウンドにいるデビットが大きく見えて驚く。


――小さイ……藤王が小さく見えル。


 逆にマウンドのデビットには藤王が小さく見えている。二人の心理的な差がお互いをそう見させていた。


 一打席目の第一球はデビット一番の武器である、分かっていても空振りするストレート。藤王は手を出す事すら出来ずに、ストライクを見送った。


――早い、二軍の投手とはケタ違いや……。俺にこの球が打てるんか?


 第二球、第三球も同じストレート。何とか手を出したが、バットに当てる事さえ出来ずに、藤王は第一打席を三振に打ち取られる。


「藤王、お前はその程度なのカ!」


 デビットは怒りの表情で二打席目の第一球も伸びのあるストレートを投げ込む。

四球連続同じ球種にも関わらず、藤王は空振りする。同じプロとは思えないぐらい、全くスピードに対応できない。


「あと五球ダ! 五球ともストレートダ! お前が本物なら打ち返してミロ!」


 デビットが怒りに任せて叫ぶ。


 言葉通り、次々ストレートを投げ込む。どの球も数時間前に一試合完投した投手とは思えないくらいの球威とキレがあった。


 二球ファールがあったが、どちらもまぐれ当たりで前には飛ばない。自分でも信じられないくらい、藤王のバットは空を切った。


――なんや、これは……俺はこの程度なのか……。


 パニックに陥ったように、藤王の目が虚ろになる。


 最期の一球、藤王はバットを短く持ち直した。


「お前にはプライドすらないのカ……」


 デビットが最後のストレートを投げ込むと、短く持ったにも関わらず、藤王は空振りした。


――俺は無駄な五年間を過ごしてしまったのカ……。


 デビットは勝者にも関わらず、悲し気な顔でマウンドを降りる。


 藤王はバッターボックスで呆然と佇んだままショックで動けなかった。

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