第11話 清田の過去

「遅刻や遅刻―」


 大阪スタジアムの試合前のロッカールームに、バックを背負った清田が慌てて駆け込んで来た。


「ま、間に合った」


 ほっとしてロッカー前の椅子に座り込んだ清田の目に、着替えている藤王が映る。清田はニヤリと笑うと藤王に近づいて行った。


「藤王さん」

「ん、なんや?」


 珍しく話し掛けてきた清田に、藤王は怪訝そうな表情を浮かべて応える。


「今日から二軍の試合に出るそうですね」

「ああ、出て来たよ」

「ほんまですか! で、成績は?」

「三の二で、一ホームランや」


 妙にテンションが高い清田に、こいつこういうキャラだったのかと、藤王は意外に感じた。


「さすが、藤王さん! スタメン復帰も近いですね」

「だとええがな。でも決めるのは監督やから」


 わざとらしく持ち上げられているようで、藤王は清田の意図が分からず、ぶっきらぼうな口調になる。


「そんな怒らんといて下さいよ。早く藤王さんにスタメンに帰って来て貰いたいだけなんですから」

「……」

「俺はね、代役の四番と言われるのが嫌なんですよ。藤王さんがスタメンで尚且つ俺が四番やないと、そう言う人がおるんですわ」

「お前なあ……」


 呆れた藤王が言葉を挟もうとしたが、無視して清田は話し続ける。


「だから藤王さんに二軍でアピールしてもらって、早くスタメンに復帰して欲しいんです。まあ、三番辺りが妥当かなーってね」


 悪びれずに笑う清田を見て、藤王は怒る気が失せた。


「監督がお前を四番にしてるんやから、代役やなくお前が四番でええやないか」


 藤王は清田をあしらうように投げやりに答えた。


「はあ? 何それ……藤王さん、あんた四番は監督が決めると思っとんの?」

「何?」


 清田の無礼な言葉に藤王の表情が険しくなる。


「あんなぁ藤王さん、四番ちゅうのは監督が決めるんと違うで。ファンやチームメイトや首脳陣、全ての人がこいつ以外おらんって言われて初めて四番になるんや。それ以外はただの四番目の打者ですわ」


 清田の言葉に藤王は何も言い返せなかった。野川の現役時代は確かにそんな四番打者だったからだ。


――監督が打席に立てば、打っても打てなくてもみんなが納得出きた。野川が打てないのなら誰が出ても打てないと。それに引き替え、俺は自分が四番として相応しいか、俺自身が疑問に思っている。

――悔しいが、清田の言う通りや……。


 自分よりしっかりとした四番観を持っている清田に対して、藤王は敗北感を覚えた。


「お前の言う通りや」


 ポンと清田の肩を叩き、藤王はロッカールームから出て行った。


――藤王さん思い出すんや、あの日のあんたを。あんたの姿が俺を本気にさせたんやから。


 出て行く藤王の背中を見送りながら、清田は七年前の夏の日を思い出していた。



 当時清田は小学六年生で、近隣でも評判の選手だった。同学年で自分に並ぶ選手はおらず、将来は確実にプロの選手になれると思い込んでいた。


 夏の時点から卒業後を見据え、複数のクラブチームから勧誘を受けていた。


 あるクラブチームは地元の全国大会常連高校のコネを武器に、清田にアプローチを掛けてきた。そのクラブチームに入れば、エスカレーター式に常連校への進学が可能になるのだ。それは清田にとっても魅力的な話だった。


 ある日、クラブチームの関係者の誘いで、常連校の地区予選の試合を観に行く事になった。相手は無名の弱小高校で、圧倒的な実力を示し、清田を入部する気にさせようとの考えだった。


 だが、その試合は関係者の思惑を裏切る展開となる。相手の弱小高校が予想以上に善戦したのだ。


 相手は変則的なアンダースローの左腕投手。普段慣れない位置から投げ出される遅い球に、打者はタイミングが取れず、単発のヒットのみで連打にならない。


 善戦の理由はそれだけではない。チーム全員が格上の高校に対して、諦めずに喰らい付いて来たのだ。


 高校レベルでは余りにも実力差がある場合、試合前に事実上の勝負が決する事がある。格下チームが試合前から諦めて、持てる力を出し切る事なく自ら負けていくのだ。


 この弱小高校が試合を投げない理由は、ある中心選手に有った。四番打者藤王剛。藤王の存在が弱小高校に勇気を与え、微かだが勝利への期待を持たせる事に成功していた。


 守りではピンチのたびにサードから声を掛け選手を鼓舞し、攻撃では唯一全国レベルの投手から安打を放っていた。藤王以外の打者はとにかく粘って塁に出て、少しでも藤王に打席を回すように徹底していた。


 試合は九回裏まで進み、弱小高校の攻撃。ここまで何とか0対一で善戦していたが、すでにツーアウトランナー無しで三番打者。


 この時の三番打者も前に飛ばす事は最初から諦め、なんとか塁に出ようとバントに取られないギリギリのカットに徹していた。


 結果、三番打者は粘りに粘って、とうとうフォアボールをもぎ取ってしまう。


 次の打者の藤王が打席に入る。


 弱小高校の応援が活気付く。それは最後まで諦めないと言う意地の応援ではなく、逆転出来ると言う確かな期待がこもった応援だと、清田は感じた。


 ベンチもスタンドも弱小高校全ての期待が一体となって、打席の藤王に集まる。


「すげえ」


 清田は感動していた。


 これ程チームから信頼された選手が居る事を。自分自身も四番であったが、これ程の信頼を受けた事はなかった。


 藤王は三球目のストレートをレフトスタンドに打ち込んだ。


 逆転サヨナラホームランだ。


 清田はこんなドラマチックな展開なのに、それが決められた筋書きのように当然だと感じた。そう感じさせるオーラが藤王にあったのだ。


――俺はこいつを超えてやる。


 今までは自己中心的で天狗になっていた清田に明確な目標が出きた。清田がその後、プロ入団時にスーパールーキーとまで呼ばれる程成長する糧となった。



「藤王さん、あの時のあんたは間違いなく四番やった。思い出すんや。あの時のあんたを追い越してこそ俺は本物の四番になれるんや」


 清田は藤王の消えたドアの向こうに呟いた。

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