第5話 黄金ルーキー

 野川家で不思議な出来事が起こった翌日。新大阪駅の新幹線ホームに一人の男が降り立った。


 その長身の男は大きなバッグとバットケースを担ぎ、人目を避けるように大きなサングラスを掛けている。だが、それと矛盾するようにヘアワックスで立たせた金髪と派手な純白のスーツは自身の存在を誇示しているようだった。


「ようやく俺の出番が来たか」


 大きく伸びをして無邪気に笑う男は、関西タイマーズの高卒黄金ルーキー清田大地(きよただいち)だった。


 

 その夜の大阪スタジアムは今日から横浜DHAとの三連戦を迎える。最下位を争うチーム同士とあって盛り上がりに欠け、観客もまばらだった。



「岸部さん!」


 真希が慌てた様子で記者席に駆け込んできた。


「なんや騒々しいな、監督のコメントとれたんか?」

「ちょっとこれ見てくださいよ」

「こ、これは……」


 真希が差し出したスタメン表を見て岸部は驚いた。藤王をスタメンから外し、今日一軍に登録されたばかりの高卒ルーキー清田が代わりの四番として入っていたからだ。


「ホント頭にきますよ! 昨日あれだけ偉そうに説教していたのに、今日になってあっさり藤王選手を外すなんて!」


――なんでや?


 岸部は真希の愚痴を無視して考え込んだ。


――確かに清田のセンスは抜群や。今すぐにでもレギュラーで通用するかも知れん。だが野川監督は清田の将来を考え、今年は二軍に置いて体を作らせると公言してた。それを覆さなならん程、今のチーム状況が悪く焦りがあったと言うんか……。


 そう考えても、岸部は納得出来なかった。


――野川監督はええ意味で頑固な男や。目先の事情で自分の信念を曲げるとは思えへん。


「監督のコメントは取れたんか?」

「いえ……また取材拒否です」

「うーん……」


 岸部は唸ったまましばらく考えていたが結論は出なかった。


「とにかく今日は清田に注目や。野川監督がいきなり四番で起用するんや、何かとんでもない事しでかすかも知れんからな」


 熱烈な信者である岸部は、理解不能な起用ではあったが、それでも野川を信じていた。



 藤王はスタメンが表示されたスコアボードをベンチから見上げていた。


 四番どころかスタメンまで外されて、当然焦りはある。だが、心のどこかにほっとしている気持ちもあった。四番としてチームを引っ張らないといけない。その思いが強く成れば成る程成績は落ちて行った。


――俺は監督のような打者になれるんか?。


 今まで無心に追い続けて来た背中が、今の藤王には遠く霞んでいた。



『ホームラン! これは凄い! ルーキー清田、初出場初打席でホームランです!』


 地元ローカル放送局の若手アナが絶叫する。


 清田がバットを放り投げ、右腕を高々と突き上げて一塁に歩き出した瞬間、「よし!」と声を上げ野川はベンチから飛び出した。


――昨日テレビで見たシーンだ。あのテレビは本物だ。もしこれが続くなら、テレビで見た采配をすればこれからも勝てる筈だ。



『三振、ゲームセット! 一対〇でタイマーズが勝ちました、連敗脱出です! 清田のホームランで取った一点を小刻みな継投で守り抜きました』


 試合は昨日、テレビで放映された結果の通りでタイマーズが勝利した。


『大した事じゃありませんよ、これぐらいの活躍はいつでも出来ます。今日のヒーローは俺じゃありません! ようやく俺を使う決心をしてくれた、監督がヒーローです』


 お立ち台に立った清田のヒーローインタビューが球場内に響いていた。元々お調子者の清田はアナウンサー受けの良いビッグマウスを連発し、その合い間合い間にはファンの歓声が上がる。


 インタビューが終わり、お立ち台を降りる清田はチラリとベンチに視線を送った。その視線の先には連敗脱出の試合に出番が無く、存在感の薄い藤王の姿があった。


「どっちが本物の四番か、これからが勝負や」


 清田は片付けをする藤王に向かい、小さく呟いた。



 清田がヒーローインタビューを受けていた頃、野川も会見ブースでインタビューを受けていた。


「連敗脱出おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」


 記者達は今日の試合の選手起用や采配が見事にはまっていたので、気分良く話をさせようと褒め言葉を交え質問していた。だが、野川はテレビで結果を知った采配に後ろめたい気持ちもあり、愛想なく相槌を打つだけの生返事で返していた。


 質問も少なくなり、そろそろインタビューも終わろうかと言う空気を一人の記者が遮る。


「監督は昨日、藤王選手を調子が良い悪いで代えるべき選手ではないと仰っていました。だのになぜ、今日になってスタメンを外したのですか?」


 その質問に場の空気が凍りつく。


 質問した記者は真希だった。


 他の記者達も藤王の事を質問したかったが、野川の気持ちを逆撫でするようで出来ずにいた。逆に真希は純粋な記者意識より私怨の意識が高く、野川を挑発する気満々である。


「そ、それは……」


 野川も昨日の真希とのやり取りは覚えている。藤王を外した理由なんて自分でも分からないのだから当然言葉に詰まった。


「あれえ? 昨日あれ程豪語していたんですから、当然ちゃんとした理由があるんですよねえ?」

「お前どこの新聞社だ……」

「ヨンケイスポーツの小野寺です。昨日監督に藤王選手の素晴らしさを教えて貰った者ですよ。さあ、なぜこの先十年チームを支える藤王選手を外したんですか?」


 野川が怒りの表情を浮かべても真希は平気で勝ち誇ったように追求する。元々気が短い野川は逆切れ寸前だった。


「すみません、すみません! 今すぐ連れて行きますんで、気にせんといてください! 本当にすみません!」


 野川と真希の間に岸部が慌てて割り込んで来た。


「ああ、ちょっと何するんですか!」


 真希は岸部に引きずられるように通路の奥に消えて行く。


 野川は不機嫌そうな顔で「もういいだろ」とぼそりと言い、記者達を押し退けるように会見ブースを後にした。

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