ユーリ・グレース・ノルディアの華麗なる推理[20]
「ただ、動機は……なんでしょう?」
「ほう?」
「アレク様にお話をきいたあと、ゼンにもきいてみたら、その宿は帝都でもちょっとした有名店だったんだそうです。貴族もお忍びで泊まるほどだとか」
金に困っていたようには思えないが、
「被害者の荷物がなくなっていたとのことですけど、たった一人、吟遊詩人をころして金品をうばったところでどうするんでしょう。経営が傾いていたとしても、それで足りるとはおもえませんし」
どうせなら、もっと金目の物を持っているような客から強奪するだろう。
「吟遊詩人の荷物のなかに、何かどうしてもほしいものでもあったんでしょうか?」
もっと言えば、鍵の自演はどうしたってその内、ユーリ以外にも可能性に思い付いた者がいただろう。
「隠蔽をこころみるにしても、あまりにもお粗末ではありませんか?」
「――案外、何か些細な事で揉めた弾みに殺害して焦った……という程度かもしれないな。取り調べが進めばはっきりするだろう」
そうだろうか。
そうかもしれない。
じっくり考えたいのに、頭の芯がじんわりと霞む。
先程まで寝入っていたので手足がぽかぽかと温かく、急に緊張が緩和して安心したのか、瞼が重く感じる。
皇帝はゆっくりと紅茶を飲み干した。
「ともあれ、ご苦労だった。寝ているところを悪かったな」
「いいえ……たいしたことは、していません」
ふ、と眠たげなユーリを見つめる彼の瞳が和んだ。
「良い気分転換になった」
「はあ……」
それは光栄な事でございますけど。
「ユーリ、褒美を考えておくがいいぞ」
「ほうび、ですか?」
とろとろと眠気が押し寄せてくる。
舌が覚束ず、呻くみたいになっただろう。
「ケイマンは窮地を救われて助かったはずだ。もちろん、当人である奴の倅も。そして相談を受けた兄上の憂いも晴れたろう。赤獅子隊にいたっては、お前は事件解決の立役者。方々に貸しを作ったな」
そういうつもりはなかったのだが。
「それに、俺もケイマン家には先代にも当代にも世話になっている。彼の家門の問題が解消したのは喜ばしいことだ」
――それは、皇帝すら、このユーリ・グレース・ノヴィリスに借りてくれるということだろうか。
思いもよらぬ言葉に、ユーリは今にも閉じてしまいそうな目で彼を見上げようとして、
「……星の降る、良い夢を」
厚く大きな掌が、そうっとユーリの頭を、そして前髪をなぞるようにして双眸を覆った。
あたたかい。
「はい、陛下も……」
夢うつつに返した応えは、ジェイドにちゃんと届いただろうか。
(……変なの)
なんだったんだろう?
おそらく、アレクセイから皇帝へ話がいったのだろうけども、まさか、取るに足らない小国から押し付けられたお荷物に、帝国の太陽が興味を持つなんて。
頬にあたった、ふかふかの枕を抱き寄せる。
思わず、満足気な溜め息が出た。
(またお会いすることがあるかしら)
十九歳にして皇帝の座を継ぎ、圧倒的な武力と支配力を持って三年足らずで大陸の三分の一を統一した、血に濡れた若き傑物――のわりには、今宵ユーリを訪ねた青年は、慣れぬ子供に戸惑い、思いの外穏やかに歩み寄ってくれた。
なんだか夢でも見たような気分を引きずって、今度こそユーリは眠りに落ちたのだった。
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ようやく、物語始動しました。
ここまでが序章のようなものなので、まだまだ登場予定のキャラクターや展開が後に詰まってます。
私事で色々あり、長期間休止していたお話でもあるので、こうしてとりあえずの一区切りまで来れてほっとしています。
応援やコメント、励みになります。
どうぞこれからもユーリ達にお付き合い下さい。
(2023/8/17)
2024/10/10 改定
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