ユーリ・グレース・ノルディアの華麗なる推理[10]
なるほど。
ユーリが厨房や洗濯部屋、侍女たちの待機部屋で聞き耳を立てている限り、共通しているのは、皇帝陛下の妃への無関心さだ。
かといって、不仲だとか険悪だとかいう噂は流れていないようだった。
戦後間もないために多忙なのだろう、と最後にはそういう話にはなるのだが、もしかすると亡くなったエミリア・バラントが皇帝の足を遠のけている理由の一つにもあるのかもしれない。
「ヨアンは、お亡くなりになったエミリア様のことは知っている?」
ユーリがこそっと尋ねようとした時、ヨアンは素早く立ち上がった。
「隊長」
「え?」
ひょいと建物の影から顔を出したのは、夕陽のような赤い髪を短く整えた偉丈夫だった。
口元にある傷ごと、快活な笑みを浮かべる。
「よう、元気そうだな、ユーリ」
仮にもこの国の第三側妃を呼び捨てにできる彼は、アレクセイ・ノヴィリス。
皇帝の異母兄であり、かつ帝国騎士団の金獅子隊長である。
マントを留めている黄金の獅子の徽章が木漏れ日に煌めいた。
「アレク様」
「お疲れ様です」
「今日は隠れん坊か?」
「はい。アレク様は?」
「隊長がこちら……外廓に降りているのは珍しいですね」
いわゆる近衛騎士の隊長であるアレクセイは、皇帝や貴人の護衛に就いている事が多い。
「ま、ちょっと相談されたんで、息抜きと見回りがてらな」
ほら、とアレクセイから小さな紙袋を手渡された。
「いいにおい」
開けてみると、素朴な焼き菓子が入っている。
一口サイズのスコーンだ。
「隊長、困ります」
ヨアンが咎めるように声を低めた。
「これは心配しなくていい。ケイマンのところの奥方からの差し入れだ」
毒味も済んでる、とアレクセイは証明するようにユーリに持たせた紙袋の中から、スコーンを一つ無造作に取って食べてみせた。
「ああ、ケイマン様のところの。奥様はお元気でしたか?」
「会ってはないな。よかったら皆様で、ってあいつが奥方に持たされたんだよ」
「お料理じょうずなのね」
本来なら紅茶と一緒に食べたいところだが、こんなに素朴なお菓子は久しぶりすぎて、我慢できずにユーリは口いっぱいに頬張った。
マナー違反だが、ここではうるさく言う人はいないからいいだろう。
ユーリに普段供される茶菓子は洗練されすぎていて、絶品ではあるものの、たまに小麦とバターのみ!という類の簡素な菓子が恋しくなってしまう。
大人にとっての一口でも、ユーリからすると二口はかかる。
豊かなバターの香りが鼻に抜けて、ユーリは思わず眦を下げた。
美味しい。
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