ユーリ・グレース・ノルディアの華麗なる推理[7]

「ここにいてもいいのかなあ……」

 とはいえ、他に行く宛などない。

 人間、暇になると思考が後ろ向きになっていけない。

「殿下?」

 ユーリの呟きを拾えなかったヨアンが首を傾げた。

「ううん、なんでもない。いいお天気ねって」

「ああ、そうですね。洗濯日和です」

 二人揃って、壁に背中を預けて座り込んでいる。

 ヨアンは肩越しに、頭上にある窓を軽く仰いだ。

「今日も皆さん、お元気ですね」

 開け放たれた窓から威勢のいい声が響いた。

「まーた陛下は誰の部屋にも行かなかったのかい⁉」

 最近のユーリの娯楽といえば、この洗濯婦たちの会話の盗み聞きである。

(厨房の料理人の話も面白いけど)

 前世でいうと、ラジオを聞いている感覚に近い。

 話の方向性によってはヨアンに『殿下にはまだ早いです』と耳を塞がれてしまうこともあるのだが、まあ要するに色々なゴシップが聞くことができるのだ。

「ちょっとアンタ、そのシーツはこっちの柔軟剤使ってよ!」

 城のあらゆる洗濯物が集まるらしいこの建物は、外廓内でも端に位置しており、今のユーリとヨアンのように地面に座り込んでいる分には他人の目に留まりにくい。

「そうよそうよ。そっちは小っちゃな妃殿下が使ってるやつでしょ」

「寝具くらいは上等なの使って、せめて気持ちよく眠っていただきたいじゃないか」

 ユーリはヨアンと顔を見合わせた。

(えっ、うれしいけど何事?)

 小さな妃殿下といえば、おそらく自分の事だが。

「本当にねぇ。あっちの国からは音沙汰ないっていうし、送ってきた馬車だってさっさと帰っちまったっていうし」

「お付きの侍女すら寄越さなかったって?」

「あんなにお小さいのにね……」

 思い切り同情されている。

 なんともいえない顔になったヨアンに、ユーリはえへへと苦笑するしかない。

(まあ、城の中でなんて思われてるかわかったよね……)


 実のところ、ユーリ・グレース・ノルディアは、北方の小さな王国、ノルディアから送られた人質だった。


 ノヴィリス帝国と周囲の国々との大戦が収束する折、従属した土地の中にポツンと手付かずの王国があった。

 ノルディアである。

 というのも、峻険な山岳地帯に囲まれ、交易すら容易ではない小国に戦をしかける旨味が周辺のどの国からも見出せなかったのだろう。とうとう領土戦争を仕掛けられることもなく、ノルディアの方も周辺隣国の戦火に対して加勢をするでもなく、沈黙を守った。

 お互いに不干渉だったノルディアとノヴィリスであるが、圧倒的強者である帝国領土内のただ中に在る小国を手放しで好きにさせているのも座りが悪い。

 ノヴィリスとしては、どうせこの先、特に積極的に国交を結ぶような将来性もないのだから、侵略して己が領土にしてしまうよりはひとまず属国にして自治を認めればよいという結論に至ったのだそうだ。

 もちろん、ノルディア王国は否やが言えるような立場ではない。

 両国で話はまとまったが、ノルディアは属国に下るための献上品を用意させられるような肥えた国ではなく。

 ――となれば、友好のためその国で最も高貴な人間を証に立てよう、となるのは自然な流れだったろう。

 実質的には形だけの人質だが(何しろ辺境のちっぽけな王国なんぞ、帝国にかかれば虫を踏みつぶすようなもの)仮にも王女を迎えるのであれば、それなりの名目が必要だ。

 王女が他国に一生をかけて赴く名目など、大抵は一つしか用意されていないはずだ。


 妃に。


 そういう経緯である。

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