ユーリ・グレース・ノルディアの華麗なる推理[2]


 –––自分がノヴィリスに嫁いで一月程経つが、若干七歳の子供に公務が回ってくるわけでもなく、ユーリはひたすらに伸び伸びと過ごしている……と言えば聞こえはいいが、要するに持て余されて処遇が曖昧になったまま、放任されているというのが実情だろう。

 おかげで過度な干渉はなく、初日こそたくさんの人に囲まれたものの、現在は専属の侍女一人と護衛が二人配属された以外は、特にこれといったタスクもノルマもなく、日々を時が過ぎ行くのを待つかの如く過ごしていた。

(要するに、暇なのよね……)

 国元ですら碌々教育を受けてこなかったユーリなので、きっとこの国の貴族や家臣からすると、自分はとても洗練された王族の子供とは言えないだろうに、厳しい教養の授業を課せられる事もない。

 この帝国に連れてこられるまでは、ほぼ自室でしか行動したことがなかったユーリは、城内で自由に過ごしていいと言われても困ってしまう。

 前世で読んだ小説や漫画の妃の生活といえば、幼い頃から勉強三昧、正式に嫁いでからは公務に追われるものではないのか。

 現に、自分の他に二人いる側妃の、歴とした貴族出身の令嬢から誘われたお茶会では、彼女たちから施される淑女教育には余念がない。

 ティーカップを持ち上げる所作から、些細な会話の運びまで、やんわりと、だが断固とした忠告が飛んでくる。

 自分にとって決して楽しいばかりの集まりではないのに、招待を心待ちにしてしまうのは、これといった予定がない余りに暇すぎるが所以だろう。

 前世のように、ネットや漫画やテレビ、ゲームなど娯楽が豊富にあるわけでもなし。

 ここ最近は苦し紛れに皇城の広い敷地を活かして、とにかく体を動かすようにしている。

 そうすれば、疲労のおかげで、少なくとも夜はぐっすり眠れるから。

(ゼンはわりと普通の子供として接してくれるけど、ヨアンはしっかりお姫様扱いしてくれるのよね……)

 この場合、ユーリは真実お姫様なのでヨアンの対応の方が正しいのだが。

 ゼンは元々先の戦争で武勲を挙げて平民から騎士として取り立てられたばかりで、ヨアンは代々近衛騎士を排出している由緒正しい貴族の家門の人間だ。

 生まれも育ちも違う彼ら二人だが、ユーリが見る限りでは割と仲はいいようだ。

 とにかく体を動かしたいユーリからすると、日中のお供はゼンの方がありがたくはあった。

 ゼンは木登りも土いじりも見逃してくれるのだ。

「今日はどちらに隠れるご予定で?」

「じゃあ、いつもの場所で」

 ただし、幼少の頃から城に出入りしていたヨアンは地理に詳しいし、内部事情にも通じていて、ユーリの質問に丁寧に答えてくれる。

 この国に来て初めてできたユーリのお気に入りは、そんなヨアンが教えてくれた隠れ場所だ。


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