とある新人の不運な夜[1]
アンドリュー・ケイマンは、支給された警邏隊の制服の襟元を僅かに寛げ、しかし思い直して一番上まで釦を留めた。
春先の夜はまだ冷える。
夜もとっくに更け込んだ今、街に人通りは全くない。
アンドリューの担当地区は酒場等の繁華街からは少し外れている。観光客向けとはいえ、家族連れや身元の確かな層が宿泊する落ち着いた宿が比較的多く建ち並んでいる。
店も朝に開き、夕方には閉店するパン屋や土産屋、雑貨屋ばかり。
稀に灯りがついている所は、明日のための仕込みだろう。
「……こんな所、夜中に出歩く奴なんかいないっての」
とはいえ、何かあれば自分が対処しなければならない。
警邏隊に入隊して幾日、まだ大した事件に遭遇したことはなかった。
せいぜいが酔っ払いのケンカくらいか。
街の見回りが任務の警邏隊では取り締りや身柄の拘束が認められていないので、それも、ケンカが大事にならないよう見守りつつ、駆けつけてきた警備隊に引き継ぐのがせいぜいである。
――ともあれ、万が一のために警棒の携帯は義務付けられてはいる。
腰に下げた警棒の重みを確かめながら、アンドリューはパン屋の角を曲がり、
「なんだ?」
一軒の宿屋に目を留めた。
比較的宿泊料が高額な、良い宿屋だったはずだ。
何やら人の騒ぐ声がする。
揉め事か、と眉を寄せた先、一階から二階までのほとんどの窓に明かりが灯った。
ただ事ではない。
アンドリューは警棒を抜き、宿へと駆け込んだ。
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