海水浴

浮き輪に乗って海を揺蕩う。水平線の向こうには普通なら存在しない壁が囲んでいる。


やってはみたものの数分で飽きてしまった。やっぱり海水浴は一人より複数がいいし、砂浜もあった方がいい。


「師匠ー?」


空から幼さの残る声が聞こえる。大きな大きな目が壁の上からこちらを覗き込んだ。


「こんなところに居たんですか?お仕事は?」

「終わってるよ」


壁を超えて外に戻る。今度は自分より幾らか小さくなった弟子がこちらを見上げていた。


「昼食の用意が出来ましたよ」

「着替えたらすぐに行くよ」


椅子に掛けておいたタオルを取って体を拭く。


「近いうちに海に行こうか」


こちらの声に部屋を出ようとしていた弟子が足を止めた。


「でも、海って遠いですよ」


ちょっと恥ずかしさを滲ませた声で弟子が言う。数日前、素材の貝を見て海に行きたいと呟いたのは弟子だ。


海辺の町で生まれた弟子にとっては懐かしさもあったのだろう。ここでもそれらしいものが出来ればと思ったが、やはり本物には敵いそうもない。


「いいんだよ。お前の里帰りも兼ねて、ね」


その言葉に弟子が嬉しそうに笑う。こちらの世話ばかりさせているから、たまには弟子も労ってやらないと。


テーブルの上のマグカップには、不服そうに小さな浮き輪が浮かんでいた。

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