番外編
番外編1.クールがお好き?
夏期休暇中の出来事である。
その日は朝からブリジットは大忙しだった。
というのも、別邸に友人たちを招いてのティーパーティーの開催が決まったからだ。
ニバルの別荘に招かれての旅行。そのお礼として提案してみたところ反応が良かったため、こうして再び集まることになったのだった。
基本的な準備はシエンナたち侍女に任せるが、内装や飾りつけについては別邸の主人であるブリジットが指示を出す。
提供するお菓子やお茶の種類についても厨房と調整した。気の置けない友人たちとの集まりではあるが、せっかく招くのだから楽しんでもらいたいと思ったのだ。
「いらっしゃいませユーリ様。クリフォード様も」
「ああ。邪魔する」
「私までお招きいただきありがとうございます」
最後にやって来たのは、ユーリとクリフォード。
馬車から下りた彼らを応接間へと案内する。そこにはすでにニバルとキーラがテーブルを囲み着席していた。
「ユーリ、おせえぞ」
「うるさい」
絡むニバルを適当に一蹴し、ユーリが空いた席に座る。
隣にクリフォードの席も用意していたのだが、彼はちらりと後ろを振り返っている。
「シエンナ嬢は?」
給仕のため控えていたシエンナが、ぱちくりと瞬きしている。
「いえ、私は……楽しい時間のお邪魔になるかと思いますので」
「そんなことないわよ、シエンナ」
身分差を気にする人なんて誰も居ない。もともと今日は六人で話そうと、ちゃんと席を用意もしてあったのだ。
唇を尖らせるブリジットには気がつかずに、キーラがにこにこしている。
「わたしもシエンナさんとお話ししてみたいです。よくブリジット様からお話を聞いているので」
(ナイスアシストだわ、キーラさん!)
とブリジットは思ったのだが、シエンナの食いつきは思った以上だった。
キーラの隣の席に、滑り込むようにして座る。そのオレンジの目は爛々と光っていた。
「……お嬢様が私の話を?」
「は、はい」
「具体的にはどのように、でしょうか」
「えっと、頼りになるとか、気が利くとか、可愛くて優しいとか……」
「他には何を?」
「ちょ、ちょっとシエンナ。恥ずかしいわよ」
ブリジットは赤くなってしまった。キーラが微笑ましそうにしているのがますます居たたまれない。
そんな一悶着もあったが、なんとか全員が席についてくれた。
ひとつのテーブルを囲んで、ブリジットから右にニバル、ユーリ、クリフォード、シエンナ、キーラの順に席についている。最初にやって来た二人がブリジットの隣席を取ったため、こういう順番になったのだ。
そのあとは初対面同士も居るので、それぞれ軽く自己紹介をする。
クリフォードが頭を下げたところで、ニバルが首を捻った。
「どうしたの級長」
「いや、クリフォードさんにどっかで見覚えがあるような……」
「学内ですれ違ったことがあるかもしれません。私は昨年、オトレイアナを卒業したので」
「ああ、なるほど」
「それと、クリフォードで結構ですよ」
「先輩を呼び捨てにはできませんって」
案外礼儀正しいところのあるニバルである。
「つうか、すごく穏やかそうに見えますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫とは、何がでしょう?」
「ユーリみたいなやつの下で働いたら、毎日胃が痛むんじゃないかと」
「おい」
遠慮のない物言いに舌打ちするユーリ。
ぽかんとしていたクリフォードが、口元に手を当ててくすりと笑う。
「いえ、すみません。主が良いご学友を持ったようで、安心してしまいました」
「クリフォード」
ユーリはもはや射殺さんばかりの目つきをしているが、クリフォードは慣れているのか動じない。
やりにくいのはお互い様のようで、ブリジットは小さく笑ってしまった。
「ニバル殿、ぜひ今後もユーリ様をよろしくお願いいたします」
「え? いや、俺は特によろしくしたくない……」
こくこくとおいしそうに紅茶を飲んでいたキーラが、カップの隙間から覗き見るようにシエンナを見ている。
視線に気がついたシエンナが、小さく首を傾げた。
「どうかされましたか、キーラ様」
「いえ。あの……オーレアリス様とシエンナさんって、ちょっと似てますね」
「「は?」」
キーラがびくりと震えた。
ユーリとシエンナ同時の「は?」は、ブリジットも驚くくらいの迫力があるので当然だろう。
「な、なんというか……その、お二人の雰囲気が似てるなって思いまして」
怯えつつのキーラの言葉を聞いて。
お互いに興味に乏しい表情で、ユーリとシエンナが目線を交わす。
それを見ていて、確かに、とブリジットは思った。冷めた目。それに、どうでも良さそうな無表情。
「言われてみれば、ちょっと似てるかもしれないわ」
同意すると、うんうんとキーラが頷く。
それから、何かに気がついたように顔を強張らせると。
「あのっ。ブリジット様って、クールな方がお好きだったりしますか?」
「そうね、それはまぁ――って、そ、そんなことないけど」
危うく認めかけたブリジットは、どうにか言葉尻を修正する。
あっさり頷いてしまった場合、シエンナはともかくとして、ユーリが好きだと公言しているようなものである。
しかしキーラは「そうですよね!」と何度も頷くと、唐突に。
「わたしもクール路線を目指します」
「え?」
「クールな女になって、ブリジット様にもっと好きになっていただきたいんです!」
「キーラさん……」
力強く宣言するキーラは、一生懸命でひたすら可愛い。
クールとはほど遠い小動物然としたキーラに癒されていると、話を聞いていたニバルまでもが挙手した。
「キーラ、俺もやるぜ」
「級長……!」
「俺もブリジット嬢にめちゃくちゃ好かれたいからな」
クールとは無縁の物言いではあるが、決意は固いらしい。
ごほんごほんと何度か咳払いをしたニバルは、服の襟まで整えると。
「ブリジット嬢、天気がいいですね。お庭で散歩しませんか」
「それじゃただのナンパ男ですよ級長!」
キーラから鋭いツッコミが飛ぶ。
むっとしたニバルが顎をしゃくった。
「じゃあお前がやってみろよ」
「分かりました。こほんこほん。…………ブリジット様」
(まぁ……)
冷え冷えとした眼差し。上がらない口角。
冷たい表情は、まさにシエンナそのもの。息を呑むブリジットに、キーラが小首を傾げる。
「……ブリジット様。焼き鳥は、好きですか?」
『ぴぎゃーッ!』
ブリジットの胸元のポケットから悲鳴が上がった。
飛び出したぴーちゃんが、ばたばたと羽を散らしながら部屋の外に出て行く。先ほどまで寝ていたのだが、いつの間にか目覚めていたようだ。
ドアの影に消えていくぴーちゃん。
それを無言のまま見送ったキーラが、再びこちらを見る。
「……ブリジット様。焼き鳥が逃げてしまいました」
「いつも通りのキーラじゃねぇか」
「……捕まえてまいります、ブリジット様」
立ち上がったキーラが、ぎこちない動きでぴーちゃんを追いかけていく。
シエンナは軽く肩を落としていた。付き合いの長いブリジットには分かる、どうやら落ち込んでいるようだ。
「私って普段、あんな感じでしょうか?」
「大丈夫よシエンナ。そんなことないから」
キーラもニバルも、クールという言葉の意味がよく分かっていないようだ。
「焼き鳥って聞こえたけど、肉ならあるぞ。焼くかー?」
開けたままの扉から、カーシンがひょっこりと顔を出す。
「肉はいいから、もっと菓子を」
ずっと無言だと思っていたら、ユーリはテーブル中のお菓子を食べ尽くしていたらしい。
フィナンシェやスコーンに、サクサクのアーモンドクッキー。
マカロンやヨーグルトにチーズタルト……の姿はすでになく、すっかり空になった大量の皿を見てカーシンは仰天している。
「も、もう食べ終わったのか? マジか?」
「以前も思ったが、腕だけは良いパティシエだな」
「一言余計だな!」
文句を言いつつ、用意したお菓子が売り切れてカーシンは嬉しそうだ。
「あの、お肉もほしいです!」
そこに暴れるぴーちゃんを連れてキーラが戻ってくる。どうやらクールごっこはもうやめたらしい。
満足げにカーシンが頷く。人懐っこいカーシンは、すでにこの場に馴染んでしまっている。
「よっしゃ、任せとけ。料理長に伝えとく!」
ブリジットは思わず噴き出してしまった。
賑やかなティータイムの時間は、ディナータイムへと続いていきそうだったから。
------------------------------
第2巻発売を記念しまして、カクヨム限定番外編でした。
リクエストくださった闇音ちゃん、ありがとうございました!
なろう様では別の番外編を投稿しておりますので、そちらもよろしければぜひ。
そして本日、書籍版の第2巻が発売いたしました。
ぜひぜひお手に取っていただけたら幸いです。
コミカライズ情報も解禁となりました。詳しくは近況ノートやTwitterをぜひご覧ください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます