第106話.五度目の勝負

 


 フィーリド王国の建国祭。

 一年に一度の祭りの日は、王都中が大変な賑わいに満ちていた。


 大通りを中心に、数え切れないほどの通りに屋台や露店が出て、呼び込みの明るい声が行き交う。

 所狭しと歩く人々は誰もが笑顔を見せている。王都近隣の街々や周辺国からの観光客も訪れているためだ。


 祭りの目玉となるのは、精霊を祀る神殿が取り仕切るパレードである。

 精霊たちが魔法を使いながら通りを練り歩き、最後に四大貴族の当主が王宮の方角に向かって、最上級精霊による魔法を打ち上げる。

 その瞬間だけ、空がオーロラじみた虹色の光で覆われると謳われる宴の終幕だ。

 夕方に開催されるパレードのため、既に席取りを目論もうとする姿もちらほら見られるほどである。


 そうしてわいわいと雑多な賑わいを見せる通りの一角で――制服姿のブリジットは、待ち人と合流したところだった。


「悪い。待たせたか?」

「い、いえ」


 自然と微笑もうとしたのに、ぎこちなく引きつるブリジット。

 待ち人たるユーリは気にしていないようだが、ブリジットの心拍音はおよそ冷静とはほど遠かったりする。


(こ、これ、思った以上に照れくさいかもしれないわっ……!)


 学院の生徒の多くが、夜会が始まるまでは賑わう街中で過ごしているのだろう。

 先ほどからちらほらと見知った学生服姿の生徒を見かけるし、その多くは男女で歩いている。

 おそらくは夜会まで一緒に過ごすに違いない。いや、それを言うならばブリジットとユーリも同じなのだ。


 ……つまり、知り合いに遭遇する確率はかなり高い。


(ただでさえ良からぬ噂が流れてるらしいのに)


 ブリジットとユーリが交際しているという根も葉もない噂が、学院中には流れているらしいのだ。

 そんな状況下で、わざわざ目立つ真似をしてしまったのがユーリに申し訳ない。

 しかし彼と二人きりでお出かけできるなんて、初めてのことだ。もしかしたらこの先、こんな機会は二度とないかもしれないのだ。


 本当に嬉しくて、ブリジットの胸中は複雑を極めている。

 その場に立ち尽くしたままのブリジットの顔を、ユーリは不思議そうに覗き込んでくる。

 普段は冷たく細められている黄色がかった瞳に、どこか案じるような色があるのをブリジットは知っている。


「どうした。さっそくどこか行ってみるか?」

「あ……えっと……」

「腹が減ったのか」


(違いますけど!?)


 確かに先ほどから香ばしい香りが風に漂っているが、そういうことではない。

 抗議の代わりに、口が動いていた。


「しょ、勝負しましょう!」

「……勝負?」


 胡乱げなユーリに、ブリジットは必死にそれっぽい言葉を紡ぎ出す。


「ええ。ただ祭りを歩き回るというのもつまらないでしょう? 様々な屋台や催し物がありますから、対決するのも面白そうだなと思いまして。例えば的当てとか、あとはあちらの速記術とか……」


 目に見える範囲でも、勝負事向きのブースがいくつかある。

 二人でパンフレットを何度か読み込んでいるので、他にもどのあたりになんのブースが出ているのかだいたいは把握している。


(さすがに早食い勝負とかは、人目があるからやめたほうがいいかもだけど)


 するとブリジットの示すほうを逐一眺めていたユーリが、口元を吊り上げる。

 本気の表情だ。悪役然とした不遜な笑みに、ブリジットの背中がぞくりとする。


 なんといっても、ブリジットと同じくらい負けず嫌いのユーリだ。

 四度目の勝負での敗北に、実はよっぽどむかついていたのかもしれない。勝負と聞いてやる気が出たようだ。


「様々な催しで対決をして、最終的な勝ち負けの合計点数を競うということだな」

「え、ええ。それでいいと思いますわ」


 なんとか首肯する。

 奇数の数で収まるように勝負を行えば、はっきりと決着もつくだろう。分かりやすくていいルールだと思った。


「分かった。では行こう」


 ユーリに頷き、歩き出そうとしたときだった。

 すぐ横から伸びてきた手が、ブリジットの左手を自然と握っていた。


(手ぇーッ!)


 不意打ちすぎる攻撃だった。

 もはや、もう勝負は始まっているのか。狼狽えてしまったブリジットの負けなのか。


 何も言えず唇をあわあわさせるブリジットを、ユーリが視線だけで振り返ってくる。


「この人混みだからな」


 どうやら、それが理由ということらしい。

 そう言われてしまうと、手を離す理由はひとつも見当たらない。

 ブリジットはあまり王都を歩き慣れていないから、ユーリとはぐれてしまっては困るのだ。


(それにしても、手を握るなら最初にそう言ってくれればいいのに!)


 いつもユーリは唐突に触れてきては、ブリジットの心音を掻き乱してしまう。

 だけど――よくよく考えてみると、「手を握る」と宣言されてから握られたとして、やっぱり同じくらいドキドキしてしまう気もする。


(手汗、大丈夫かしら)


 せっかく二人きりなのだ。

 本当ならブリジットからも握り返したいけれど、いろんなことが心配でうまくできない。


 人混みに目をやれば同い年くらいの少女が、隣を歩く男性と可愛らしく腕を組んでいる。

 そんな素直な態度を羨ましく思いながら、そっと溜め息を吐いていると。


「あっ、義姉上ーっ!」


 最近聞き慣れてきた呼び声に、ブリジットは立ち止まる。

 早めに気がついていたようで、ユーリはそれよりも早く足を止めていた。


(この声……!)


 さっそく知っている顔に出会してしまった。

 正面から、頬を上気させて近づいてくるのはロゼだった。



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