第104話.四度目の勝負の行方2

 


 あんまりにも嬉しいので、それはもう勢いよくオッホッホと大喜びするブリジット。


 先週は、魔法基礎学、魔法応用学、精霊学の三科目のテストが行われた。

 合計点は三百点のテストだが、今回ブリジットは勉強の成果が出て、二百九十八点という高得点を獲得した。

 競争相手ライバルのユーリはといえば、二百九十七点。


 つまり――なんと一点差で、ブリジットの勝利である。


 掲示板を見たときの喜びようといったら、それはもう言葉にできないほどだった。

 一位のところに、自分の名前が書いてある貼り紙。記念に持って帰りたいくらいにはしゃいでしまった。

 自分のことのように盛り上がるクラスメイトたちの手前、顔や態度には出さないよう気をつけたが、きっとキーラあたりには気づかれていたに違いない。


(一回目は引き分け、二回目は負け、三回目は引き分け、そして四回目は――わたくしの勝~利!)


 一点差とはいえ、勝ちは勝ちなのだ。

 勝利の美酒にうっとりと酔うブリジットに、さすがのユーリも少々苛立ってきたらしい。


「……それで? お前は僕に何を命じるつもりなんだ」


 そう促されて、ルンルン気分だったブリジットは、はっと表情を改めた。


 "負けたほうは、勝ったほうの言うことをなんでもひとつ聞く"――それが二人の間の勝負事に、唯一課されている条件である。

 一気に顔を強張らせたブリジットを、不審そうにユーリは見上げている。

 狼狽えつつ、ブリジットはなんとか口を開いた。


「……建国祭の日は、王都で盛大に催しが開かれるでしょう?」

「そうらしいな。あまり興味はないが」

「……い、一緒に回ってほしいのですが」

「は?」


 意味を計りかねたのか、ひややかに聞き返される。


 別に怒っているわけではない――と思う。ユーリは常日頃からこんな調子なのだ。

 しかしよくよく考えると、一位を取ったからと目の前で浮かれてみせたりして、うざったく思われているかもしれない……などと今さら悔やみつつも、覚悟を決める。


 どちらにせよここまで言ったからには、言い切るしかない。

 これぞ勝者の特権なのだから!


(ええい、ままよ!)


 ビシ! と人差し指をユーリの胸に突きつけ、ブリジットは高らかに言い放った。




「命令です! わたくしと一緒に、お祭りを見て回ってくださいませ!」




 ユーリが黄水晶シトリンの瞳を見開く。

 向かい合ったブリジットは、瞬きもせず見返してみせたが――本当は、目を逸らして座り込みたいくらいだった。


(い、言っちゃったああ……!!)


 建国祭の夜のパーティーは、奇跡的にユーリから誘ってくれたけど、できれば一日中一緒に居たいと思ったブリジットだ。

 日中のお祭りについては自分から誘うしかないと、毎日のように身悶えて緊張していた。


 しかし――ブリジットに、可愛らしく異性をデートに誘う気概はなかった。

 そのため、今回のテスト……四度目の勝負を利用することにした。

 勝てば誘う、負ければ諦める(かもしれない)という、普段以上に気合いを入れた一世一代の大勝負だったのである。


(そうでもないと誘えないって、自分でもちょっぴり情けないけど)


 だから、一点差といえどもユーリに勝てたのが嬉しくて仕方なかった。

 勝負の約束事を使えば、きっとユーリに断られるはずはないと踏んだのだ。


 そんな二人の間を、長々しい沈黙が通り過ぎる。

 先に顔を背けたユーリが、それは深く息を吐いた。


「…………馬鹿」


 嘆息じみた短い言葉は、ぐさりと胸に突き刺さった。

 やっぱりこんな不純な命令は駄目だろうか。

 ユーリは、ブリジットと一緒に出かけるのは嫌なのだろうか。


 落胆しそうになったとき、


「そんなの、命令になってないだろう」


(えっ……?)


 そっぽを向いたユーリが呟く。


 ユーリの言葉の意味を、ブリジットは一生懸命に考える。

 彼はよく、回りくどくて分かりにくい言い方をする。でもその多くが照れ隠しだったりすることを、半年近い付き合いの中で既にブリジットは学んでいる。


(ええと。つまり。つまり……)


「わたくしに誘われて、嬉しいってことですか?」

「――――、」


 直球で問えば。

 静かに、息を呑んだ気配がする。


 図星だ。図星らしいと、ブリジットはひとりで納得する。

 じわりと、痺れるような喜びが胸に広がっていく。カイロも仕込んでいないというのに、全身がぽかぽかと温かになっていく。


 ユーリは肯定も否定もせず、テーブルに頬杖をついて、明後日の方向を見遣っていた。


「ねぇ、ユーリ様ってば」


 屈んだブリジットは、ユーリの服の袖をちょんと引っ張る。

 対するユーリはまた溜め息を吐いて、ブリジットを睨みつけてきた。


 どこか非難めいた目つきだ。

 でもその目元はほのかに赤かったから、ちっとも迫力はなかった。


「分かった、と言っている。……どこにだって行ってやる」


 観念したように告げる声音はふてぶてしい。

 でもやっぱり、それは彼なりの照れ隠しだったのだろう。

 そうでなければ、どこにでも行くなんて不用意なことを言うはずのない人だから。


「ありがとうございます!」


 破顔したブリジットは、鞄の中で待ちくたびれていたそれを取り出すと、ユーリの隣へと座った。

 胡散臭そうにしつつも、ユーリもテーブルの上に目を落としている。


 ユーリの顔を覗き込んで、ブリジットは素直に笑いかけた。

 その表情を、ユーリは無言のまま眺める。常よりもずっと表情筋が柔らかく動いている自覚は、ブリジットにはなかった。


「ユーリ様、どこから回ります? パンフレットが分けられていたから、もらってきましたのよ!」

「……どこでもいい」

「まぁ、そんなこと言って。建国祭限定のお菓子を出す菓子店もありますのよ?」

「!……どこだ?」

「ここですわ、ここ」


 身を寄せ合って、ブリジットとユーリは建国祭の話で盛り上がった。

 二人きりで、これもいいあっちも気になると、気が済むまで話し合ったのだった。


 ――その後、思い返すたびに赤面してしまうくらい恥ずかしい、甘酸っぱい思い出のひとつである。



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