第103話.四度目の勝負の行方1

 


 週明けの放課後に、ぴーちゃん――フェニックスの調査が行われた。


 調査自体は屋外魔法訓練場で実施されたため、訓練場の周りには大勢の生徒の姿が集まっている。

 注目を浴びているのは丸わかりで、最初は少し緊張していたブリジットだったが、調査自体はかなり淡々としたものだった。


 神殿から派遣されてきた精霊博士のトナリの指示の下、調査役の神官たちがまずぴーちゃんの体長を計り、姿形を細かくスケッチしていく。

 そのあとはトナリに命じられるまま、ブリジットがぴーちゃんに動きの指示を出していく。

 神官長のリアムは、にこにこしてこちらを見守るばかりだ。特に口出しするつもりはないらしい。


「はい、オーケー。これで調査終わりな」


 トナリがそう告げたときは、既に周りは薄闇に包まれていた。

 あれほど賑わっていた観衆たちも、今や数えるほどしか残っていない。

 その中にニバルとキーラの姿が見えて、ブリジットは彼らに手を振っておいた。


 散々、ブリジットのお願いに従って炎を吐き出したり、逆に魔法を吸収したり、トナリが拵えた小さな擦り傷をフェニックスの姿で治してみせたりと大忙しだったぴーちゃんは、芝生の上に足を投げ出して座り込んでいる。だいぶ疲れているらしい。


 そんなぴーちゃんを労っていたブリジットの横に、トナリが座った。


「お二人ともお疲れさん」

『ぴ!』


 何か文句が言いたいのか、立ち上がったぴーちゃんがトナリの履きつぶした靴を突いている。


「おーおー。偉かったな」

『ぴぃ……』


 ぴーちゃんを雑にあやしつつ、ぐびぐびと水筒の水を飲んでいるトナリをブリジットは見つめる。

 口元を拭ったトナリは、遅れて視線に気がついたようだった。


「ん? なんだよ?」

「いえ……。精霊の調査って、けっこうアッサリしているのだなと思いまして」

「まぁな。結局、精霊の能力にも個体差があるからな。姿形とか大まかな能力を把握しておくくらいがちょうどいいんだよ」


 確かにトナリの言うとおりだ。

 例えば氷の精霊フェンリルだって、人の姿を取るなんて話は聞いたこともなかったのに、ユーリの契約精霊であるブルーは当たり前のように契約者の似姿を取っている。


 だが、全てのフェンリルがそのように変身能力を持つわけではないと思う。

 それに頼んだとして、気位の高い精霊はそう簡単に従ったりはしない。敬愛するユーリに近づきたいために、ブルーはいつのまに勝手に変身するようになったそうだし。


 しかし淡々と――もっと言えば地味な調査のおかげか、生徒たちからブリジットに向けられる視線は、だいぶ軟化したような気がする。

 きっとトナリは、敢えてそういう態度を取って、ただ新種の精霊が見つかっただけだと生徒たちに教えてくれたのだ。フェニックスだけが、特別な存在ではないのだと。


(正面から訊いたところで、はぐらかされるだろうけど)


「そういえばブリジット様。建国祭のパレードへの参加については、どうされますか?」


 近づいてきたリアムにそう訊かれる。


 その場に膝をついていたブリジットは、慌てて立ち上がった。

 同じく返答を保留にしていたユーリとも、返事の内容については話し合っていたから。


「申し訳ございません。いろいろと考えたのですが、わたくしもユーリ様も、参加は辞退させていただこうかと思います」

「そうですか……分かりました。大司教様には私から伝えておきましょう」


 リアムは少し残念そうだったが、そうにこやかに請け負ってくれた。

 しかしそのあと、不思議そうに首を傾げる。


「どうされました。顔が赤いですが」

「えっ。いえこれは別に、なんでもございませんの」


 おほほ、と笑って誤魔化すブリジット。

 ジャンプしたぴーちゃんが手の中に飛び込んでくる。それをしっかり受け止めてから、ブリジットはトナリたちに頭を下げた。


「ではわたくしはこれで、失礼いたします」


 そうして颯爽と、馬車の停車場へと向かう。

 しかしリアムとの会話の最中に、とある会話を不用意に思い出してしまったブリジットはまったく冷静ではなかった。


(ううっ、調査の間は思い出さないように気をつけてたのに……!)


 悶々と考え込む脳裏に浮かぶのは、二時間ほど前の出来事である――。




 ◇◇◇




 図書館脇にある四阿で、いつものように向かい合ってブリジットとユーリは座っている。

 トナリたちの到着は少し遅れるそうで、その間にユーリと話したいことがあったのだ。


 ただ、最近は気温もかなり下がり、風も冷えつつある。

 そろそろ四阿で会うのは難しくなってくる。今後は温まった図書館内か、あるいは食堂のスペースで会うべきだろう。


「それでユーリ様、本当に良かったんですの?」

「何がだ」

「だって、せっかくの機会ではありませんか」


 二人が話しているのは、建国祭当日のパレードの件だ。


 参加の可否を悩んでいたブリジットだったが、結局、否と返事をすることにした。

 というのも建国祭の日は、デアーグに本邸に戻るかどうか返事をしなければならないし、その日の夜はユーリと共にパーティーにも参加する予定なのだ。


 とてもじゃないが、他のことに集中するだけの心の余裕はない。


(精霊だらけのパレード、興味はあったけど……!)


 参加者側でパレードを見られるなんて、とても貴重な経験になるのは間違いなかった。

 泣く泣く断念を決めたブリジットだったが、別にユーリまで付き合う必要はないのだ。


「僕はそもそもパレードなんぞに興味はない」


 しかし国民の多くが楽しみにしているイベントを、ばっさり斬り捨てるユーリ。

 残念そうな様子はないし、本心からの言葉なのだろう。


(わたくしを気遣ってくれてたのかしら……)


 大司教に誘われた時点で断れば、ブリジットをひとりで不慣れな場に参加させることになると心配してくれたのかもしれない。

 そう思うと胸がどぎまぎと高鳴ってしまう。


「そんなことより、四度目の勝負の件だが」


 だが――その言葉に、キランとブリジットは目を光らせた。


 テストの直後に母の失踪を知り、南方の領地に向かったり、そこにある別荘に泊まったり、義弟であるロゼと打ち解けたりと、何かと忙しい週末だった。

 疲れているブリジットは、キーラたちに連れられて結果の貼り出された掲示板をふらふらと見に行ったのだが……そこで、信じられない光景を目撃したのだ。


 あのときの感動を思い出しつつ。

 勢い余って立ち上がったブリジットは、「おーっほっほっほ!」と口元に手を当てて高笑いした。


 だって、これが笑わずにいられようか。



「わたくしの勝利、でしたわね~!」



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