第84話.神殿訪問

 


 中央神殿。

 レヴァン総本山と呼ばれることもある神殿は、王都の外壁に沿うようにして聳え立つ石造りの建造物だ。


 正面扉前で馬車から降りたブリジットは、その白く巨大な外観を見上げていた。

 切り立った丘の上にあるためか、建物の隙間を通り抜けてくる風はかなり冷たいものだ。


「き、緊張しますわね」

「そうか?」


 残念ながら隣に立つユーリから、同意は返ってこなかったが。

 というのもユーリは、昨年も学院代表として神殿に来ているのだ。


「ブリジットさん、ユーリ君~」


 同じく馬車を降りてきたマジョリーに、声をかけられる。

 彼女の後ろを少し遅れてついてくる二人に、ブリジットは目をやった。

 自然と輪の形になると、マジョリーが両手をおっとりと合わせる。


「今のうちに、とりあえずお互いの名前くらいは知っておいてね」


 促されて、まずユーリから口を開いた。

 愛想の欠片もないぞんざいな口調で名乗る。


「……ユーリ・オーレアリス。二年だ」

「ブリジット・メイデル。同じく二年生ですわ」

「私はサナ・ロジン。一年です」

「ロゼ・メイデル、一年生です」


 簡潔な自己紹介はすぐに終わって、気まずげな沈黙が訪れる。

 ブリジットはちらりと一年生たちを眺めた。


 サナは、茶色のボブヘアーをした小柄な少女だ。

 眼鏡の奥の瞳は神経質そうに細められている。どこか余所余所しくてこちらを見ることもない。


 しかしやはり気になるのは、その隣に立つ少年で。


(ロゼ……)


 ロゼ・メイデル。

 ブリジットの義弟である彼は、口元に遠慮がちな笑みを浮かべていた。


 薄いピンク色の髪にはクセがあり、ウェーブがかっている。

 瞳は薄い灰色をしている。遠縁だからか、ブリジットや父母にはあまり似ていない。


 ブリジットが別邸に追いやられるとほぼ同時、メイデル家の養子に取られた彼は、父と同じくイフリートと契約しているという。

 ロゼが神殿訪問の代表者に選ばれるのは、薄々予想していたことだ。だが、本邸に住むロゼとはまったく話したことがないため、どういう顔をしていいか分からない。


(私とは話すな、とか言われてそうだし)


 本当は少しくらい、話してみたいと思う。

 血が繋がっていないといっても、彼はブリジットにとって弟なのだ。

 だが迂闊に接触して、よく知りもしない義弟に迷惑をかけたいとも思えない。


 結局ブリジットは、ロゼに話しかけるのはやめることにした。


「それじゃ、神殿に行きましょうか」


 空気を気にしないマジョリーに先導され、歩きだす。

 隣からユーリが、小さな声で話しかけてきた。


「まだ緊張しているのか」

「それは、まぁ……」

「手でも繋ぐか」

「それは、まぁ……って、ちょ!?」


 生返事をしていたブリジットは慌てふためいた。

 左手の指先に、ユーリのそれがちょんと触れていたからだ。


 認識した途端、頬が一気に熱くなる。


「ちょっ、ちょっとユーリ様! 一年生に見られます!」

「別に僕は、見られたところで困らない」


(あなたはそうかもしれませんけど!!)


 ブリジットは困る。ただでさえユーリとの間に噂が立っているそうだから、不用意な真似は避けるべきだ。

 でも、ユーリがふざけているわけでないのも分かっていた。


(お父様の夢を見たと話したから、心配してくれたのかしら……)


 いつもユーリは、ブリジットのことを気遣ってくれるから。

 でも、どうしてそんな風に彼が自分のことを気にかけてくれるのか、ブリジットには少し不思議でもあった。


 そんな二人のことを後ろから、ロゼがじっと見つめていたが、ブリジットがその視線に気がつくことはなかった。





「お待ちしておりました、オトレイアナ魔法学院の皆様」


 開かれたままの正面扉から神殿内へと入ると。

 扉の脇に整列するように、何十人もの神官たちが出迎えてくれた。


(わ……)


 法衣を着た男性たちに一斉に笑顔を向けられ、ブリジットは驚く。

 そんな彼らの視線からひっそりと庇うようにして進み出たのが、最も装飾に凝った法衣をまとった男性だった。


「新たに中央神殿の神官長を務めることとなりました、リアムと申します。以後お見知りおきを」


 年の頃は四十歳くらいだろうか。優しい笑顔が魅力的な男性だ。

 丁寧にお辞儀をする彼に、ブリジットたちも頭を下げる。


 前の神官長は第三王子ジョセフと結託し、神殿の所有物を彼が扱ったり、持ちだすことを許していた。

 王宮にて厳しく取り調べを受け、地位を失った彼の代わりに、目の前のリアムが神官長に就任したのだろう。


 聞けば彼は、もともと西方神殿の神官長を務めていたが、こんな事態のために中央神殿に急遽異動となったらしい。


「その節はご迷惑をおかけしました。特にブリジット様には、謝罪しても許されることではないでしょうが……」


 その場の注目がブリジットに集まる。慌てて首と両手を横に振った。


「いいえ! 神殿からは既に謝罪のお手紙も頂戴しております。わたくしは気にしておりません」

「……そう、ですか。そう仰っていただけるとありがたいのですが」


 眉を寄せたリアムが、「そうだ」と思いついたように提案する。


「晩餐会までは時間がありますので、よろしければ私が神殿内をご案内しましょう」


 彼の提案に、一年生二人が顔を見合わせて頷く。

 目を向けられたブリジットは、躊躇いつつも口にしてみた。


「わたくしは、その……できれば、神殿内を好きに歩き回ってみたいのですが……」


 神官たちが、あからさまにがっかりした顔をする。

 しかし断られた神官長リアムは「もちろん」と頷いてくれた。


「晩餐会の時刻になったらお呼びします。それまでは自由に出歩いていただいて結構です」

「分かりました。よろしくお願いします」


 リアムたちに連れられて、一年生とマジョリーたちが回廊の向こうに消えていく。

 ようやくひとりになったと思ったブリジットは、ふぅと息を吐きかけたのだが。


 後ろに、腕組みをして突っ立った人物が居た。


「……あれ? ユーリ様?」

「僕も一緒に行く」


 思いがけないユーリの言葉に、ブリジットは目を丸くした。


「いいのですか?」

「お前ひとりじゃ迷子になりそうだから」


(言い方!)


 ブリジットだって子どもじゃないのだが。

 でも、知らない建物をひとりで歩き回るのは不安だったのは事実だ。ブリジットよりは内部を把握しているだろうユーリが、一緒に居てくれるなら安心だ。


 目的を伝えようとしたが、先にユーリが口にする。


「精霊博士を捜すんだろう?」


 どうやらユーリには、ブリジットの考えていることはお見通しだったらしい。



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