第67話.誤解を解きたくて
(あああっ。もう、どうしたらいいのー!?)
――時を同じくして、メイデル家の別邸では。
ゴロゴロゴロ、と自室のベッドの上をブリジットが勢いよく転がっていた。
今日の放課後は、ジョセフの来訪を含めていろんな出来事があった。
だが、今やブリジットのパンク寸前の頭の中を回るのは、ユーリの顔ばかりだったりする。
というのもユーリに、彼の従者であるクリフォードが好きだと……意味の分からない誤解をされてしまったブリジットは、大変困っていた。
あのあとも居たたまれずに全力で逃げ帰ってきてしまったが、その言葉を否定しなかったのを後悔しているまっただ中である。
「あああ、どうしよう……どうしたらいいのかしら……」
『ぴ?』
悶々とする主人に答えているのかいないのか、ヒヨコ精霊のぴーちゃんが皺だらけのシーツの上を探検している。
歩き回るたびにふりふりと小さなお尻が揺れていて、頬擦りしたいくらい可愛らしいのだが、脳が
「今さら否定するのも、変よねっ? 蒸し返すみたいになっちゃうわよねっ?!」
『ぴ、ぴ』
小さな足を、てしてしとぴーちゃんが動かす。
「どっちなのぴーちゃん!」
『ぴー、ぴっぴ』
どういう意味なのかサッパリである。ああ、とブリジットの苦悶はますます深まった。
なめらかな手触りのシーツの上で、主人と精霊とでゴロゴロしていると。
「おい、お嬢。まだ起きてるよなー?」
えっ、と思う間もなくドアが開け放たれた。
ネグリジェ姿のブリジットは焦ったが、同時に部屋の外から真っ先に飛び込んできたシエンナが素早く上着を羽織らせてくれる。
「……カーシン」
シエンナはギロリと鋭い目つきで、無造作にドアを開けた人物を睨みつけていた。
「何度も言っていますが、このような時間にお嬢様の部屋を訪ねるのは非常識です」
「細かいこと気にすんなって」
細かいことを一度も気にしたことのない厨房係兼パティシエが、へらへらと片手を振る。
「そんでお嬢。明日の夕食のときのデザートだけど――って、どうした?」
ブリジットの顔色が優れないのに気がついてか、カーシンが用件を切り上げて問いかけてくる。
その横ではシエンナも、何か訊きたそうにじっとブリジットのことを見つめていて。
普段ならば、「なんでもない」と誤魔化していた場面だろう。
しかしヒヨコの手も借りたいくらいだったブリジットはもじもじしながらも、勇気を出して話してみることにした。
「その、ね……ユーリ様に、彼の従者の方に好意を寄せていると、誤解されてしまって困っているんだけど……」
ものすごく簡略化した説明だったが、二人はあっさりと状況を把握してくれたらしい。
「あー。そういえばあの青毛、オレにもなんか言ってきたな」
(青毛って)
公爵家の令息相手に失礼すぎるあだ名である。
ブリジットは一応注意しようかと思ったが、雑なカーシンのことなので、注意したところで「分かった。それで青毛の話だけど」みたいなことになるのは分かりきっている。
というわけでブリジットは聞かなかったことにした。
シエンナも同じ判断を下したようで、口元を一本線に結んだままである。
「ユーリ様がなんて言っていたの?」
「なんだっけ……『お前はブリジットとどういう関係なんだ』とかって」
「!」
ブリジットは息を呑んだ。
思わずベッドから飛び出して、勢いよくカーシンに問いかける。
「それでカーシンはなんて答えたのっ?」
「え? そりゃあ、家の主と使用人だって、答えたけど……」
答える最中にも、カーシンの声は尻窄みになっていったが。
それを聞いたブリジットは一安心し、ほっと胸を撫で下ろした。
ただでさえクリフォード問題で頭を悩ませている最中である。
カーシン自身がユーリに説明してくれていたなら、なんの問題もないだろう。
「そう。良かった」
「……そっか。良かったか」
(あら?)
だが、何故かカーシンは唇を尖らせて、さっさと部屋を出て行ってしまった。
気づかないうちに、もしかして何か悪いことを言ってしまっただろうか?
ブリジットは助けを求めるようにシエンナを見たが、頼りになる侍女は小さく息を吐くと。
「お嬢様。僭越ながら申し上げます」
「え、ええ。何かしら?」
「率直に、オーレアリス様のことが好きだと伝えてはいかがでしょうか?」
ブリジットは口を半開きにしたまま固まった。
あまりの衝撃的な発言に理解が追いつかないのだ。
「す、す、す…………っき……だなんて違うわよわたくしはそんなんじゃないわ!」
そして理解した瞬間、ブリジットは赤面しながら叫んだ。
『ぴー!?』
肩に乗っていたぴーちゃんが勢いよくベッドに吹っ飛んでいく。
そのきれいな放物線を見送ったシエンナは、再び真っ赤っかのブリジットに向き直ると。
「実は私、オーレアリス様のことを密かにお慕いしているのです」
(…………えっ…………)
そしてまた、ブリジットは固まった。
赤かった顔は急速に色を失い、徐々に白に近づいていく。
「あっ……」
そのままふらり――とショックのあまり傾く身体。
「お嬢様!」
慌てたシエンナに受け止められたブリジットだったが、身体にはまったく力が入らず、ただ愕然と天井を見上げることしかできない。
そんなブリジットを、どうにかしてシエンナがベッドへと運び込んでくれる。
柔らかなシーツの上に病人のように横たえられたブリジットは、目を見開いたままぎこちなく言葉を漏らした。
「そ、そう……だったの……」
「…………」
「わ、わたくし、応援するわシエンナのこと。でも、そう。シエンナがユーリ様のことをね。わたくし、ちっとも気がつかなくて……わたくし……」
呟く間にも目の前が真っ暗になっていく。
さすがに焦った様子でシエンナは、ブリジットの肩を小さく揺さぶった。
「お嬢様、お気を確かに。冗談ですので」
「……じょうだん?」
「冗談です」
ものすごくキッパリとシエンナが言い放つ。
(……なぁんだ、冗談だったのね)
ブリジットは安心しきって、ゆっくりと息を吐いた。
だが、そんなブリジットを眺めながらシエンナがズバッと言う。
「ですが、お嬢様。……今、お嬢様は私の言葉にショックを受けられましたよね?」
(うぐっ)
図星である。
「それは、お嬢様がオーレアリス様のことを想っているからでしょう?」
(うぐぐっ!)
それも――図星であった。
息の詰まったブリジットはおろおろと目線を彷徨わせた挙げ句、
「…………うん」
毛布を引き寄せて、赤い顔を誤魔化すために目元まで隠しながら。
弱々しく小さな声で認めると、シエンナが笑う。
「でしたら、やっぱり、素直にお伝えされるのがよろしいかと」
(そ――れはゼッタイ無理!)
でも、ユーリに他の人を好きだと誤解されたままになるのはもっと嫌なのだ。
ぐちゃぐちゃの感情を持て余し気味になりながらも、ブリジットは宣言する。
「と、とりあえず明日ユーリ様に、クリフォード様のことはなんとも思ってないって伝えてみるわ」
「……そうですね」
「そうしたらユーリ様だって、変な勘違いはやめてくれるわよね? ね?」
「……はい。きっと今頃ものすごーく鬱屈とされているかと思いますので、ぜひ」
専属侍女に生温かな目で見守られつつ、決意を固めるブリジットだった。
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