第54話.目を覚まして
「お嬢、口開けて」
「お嬢様、あーん」
――光の柱の出現から、二日後のこと。
目を覚ましたブリジットは、未だ多くの時間をベッドの上で過ごしていた。
というのも少し熱があり、身体が怠いせいである。
シエンナやカーシンはいつも以上に世話を焼いてくれるのだが、ブリジットとしてはあまりに過保護すぎてちょっと困っていたりする。
今も、目の前にはそれぞれおかゆをスプーンに掬い、構えた二人の姿があり……構われすぎたブリジットはちょっとグッタリしてきていた。
といっても、別邸の主人であるブリジットが倒れたことで、自責の念からずっと落ち込んでいた二人である。
こうして看病に精を出しているほうがまだ健康的だとは思うものの、ブリジットとしてはしっかりと休息を取ってほしいという気持ちでいっぱいである。
そんなわけで、ブリジットは一計を案じることにした。
「ねぇカーシン」
「お? こっちのスプーンから食べるんだな?」
わくわくした面持ちで返される。隣でシエンナがムッとしている。
ブリジットは笑顔で首を横に振った。
「わたくし、カーシンの作るおいしそうなお菓子をたくさん見たいわ」
「えっ?」
「そして、そのお菓子を口いっぱいに頬張るシエンナが見たい」
「えっ……?」
ほぼ同時に硬直するシエンナとカーシン。
そして駄目押しの一言。
「そうしたらもっと元気になれる気がするの!」
「………………」
顔を見合わせるシエンナとカーシン。
そのあとの判断は迅速だった。
「それではお嬢様、私はカーシンと共に厨房に行ってまいります」
「待ってろよお嬢。たくさん作ってきてやるからな!」
「ええ。楽しみにしているわ」
ブリジットが安堵の表情を浮かべているとは気づかず、競うように部屋を出て行く二人。
おかゆをもぐもぐと頬張りながら、そんなシエンナたちをブリジットは見送った。
美味しいおかゆを完食したあとは食器を片づける。
まだ少しめまいがする。既に眠気はないが、もう少し休んだほうがいいのだろうか。
(たぶん、この子が居るからかしら……?)
指先で優しく突っついてみる。
枕元をちょこちょこ歩き回っていたひよこ精霊が反応し、『ぴ!』と元気に鳴いた。
一見すると、外見はただのひよこと変わらない。
だが黄色い羽は胸のあたりから、赤いグラデーションがかかったような美しい色合いをしている。
二日前、突如としてブリジットの目の前に現れてから、この精霊はずっとブリジットの傍に居る。
もしかすると親だと勘違いしているのだろうか。生まれたばかりのひよこは初めて目にしたものをそう思い込むと聞いたことがある。
(この子はひよこじゃなくて、精霊だけど)
そして本来ならば契約精霊は、ずっと人間の世界に顕現したりはしない。
なぜかというと、その間は延々と契約者の魔力を消耗するからだ。
最上級精霊の場合は、契約者もとんでもない魔力量を付与されているのだが、同時に強大な精霊の顕現には通常では考えられないほどの魔力が必要になるという。
だからユーリの場合はわりと異常だ。
彼のように長時間、精霊が表に出ていても涼しい顔をしている人間というのはほんの一握りである。
そしてブリジットやユーリの予想が正しければ、目の前のこのひよこも、おそらくは最上級精霊に近い存在なのだが。
『もしかしてあなたの精霊は、寝ぼすけさんなだけなんじゃないかしら~ってね』
医務室で聞いたマジョリーの話。
『精霊が出てこないのは、契約者のおまえが炎をこわがってるからだ』
つい二日前のブルーの話。
それらをつなぎ合わせると、おのずと答えが見えてくる気がする。
(この子は私のために、力の多くを眠らせていて、時が来たら出現するつもりだったけど……私が炎を恐れていたから、ずっと眠ったままでいた?)
そして今は、ブリジットが魔力を消費する感覚に慣れるように――本来なら五歳の頃から親しむはずだった感覚を覚えさせるために、精霊界に戻ろうとしないのではないか。
(……って、推測ばかりするのは良くないわね)
こほんと咳払いをして、いったん思考を中断する。
まだひよこ精霊の正体は明らかになっていない。
早く何か魔法を使って試してみたいところだが、万全の体調に回復してからだと周囲には釘を刺されている。
しかしそれよりも。
ようやく契約精霊に会えたことこそが、ブリジットには嬉しくて堪らないのだった。
(ずっとずーっと、会いたかったんだもの!)
「良い子、良い子……」
赤毛のひよこの頭をよしよしと撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。
(この子、お喋りはしないタイプの精霊なのかしら?)
ちょっぴり残念だが、今後ブリジットが精霊の仕草や表情から、思考を読み取っていけばいいだけの話だ。
そんな契約者の心情を察したのか、もにょもにょとピンク色のくちばしが動くのが愛らしい。
そして――ブリジットには実は、ちょっとした野望があった。
あまり一般的ではないが、いつか契約精霊に出会えたなら、種族名とは違う名前で呼ぶのが夢だったのだ。
というわけでブリジットはこの二日間、一所懸命に頭を悩ませて考えた名前を披露する。
「レッド」
『…………』
「スカーレット」
『…………』
「サンシャイン」
『…………』
ビックリするくらい無反応だった。
自分には名づけの才能がないのかもしれない。
落ち込んでいると、どこかから視線を感じた。
振り返ってみると、心なし開いた扉から室内を覗き込んでいた子どもが肩を竦ませる。
ブリジットは明るく呼び掛けた。
「ブルー。久しぶりね」
おずおずとブルーは、室内に足を踏み入れる。
顔を合わせるのは、あのとき――光の柱が立ち上って以来だ。
「…………ごめん」
ブルーは扉の脇で立ち止まり、俯いている。
どうやら使用人たちと同じように、ブリジットが倒れたことに責任感を感じているらしい。
「謝ることないわよ、ブルー」
「だっておまえ……言わなかったんだろ? ぜんぶ、ボクが言い出したことだったのに」
「わたくしが、良いと思ってあなたの話に乗ったのよ」
ブリジットはきっぱりと言い放った。
ブルーに責任はない。契約精霊のことを慮って家までついてきてくれたブルーに、むしろ感謝しているくらいなのだから。
「あとね。やっと分かったわ」
「え?」
ぽかんとするブルーに、ブリジットは得意げに笑ってみせる。
「ユーリ様の契約精霊――――あなたの正体は、氷の精霊、フェンリルね?」
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