第40話.二度目の勝負の行方
翌週のこと。
学院の掲示板の前は、試験発表を確認しにきた多くの二年生たちで賑わっていた。
「うおお! さすがブリジット嬢……!」
「本当にすごいです、ブリジット様!」
夏期休暇前に行われた、魔石獲りの試験。
その結果は、一位がユーリ、二位がブリジットというもので……それを見上げながら、ニバルやキーラが目を輝かせている。
他のクラスメイトたちも次々と祝福の声を投げ掛けてくれて、ブリジットの周囲は一種のお祝いモードに包まれていた。
しかしブリジット本人は「オホホまぁこんなものですわ」とか扇をバサバサしつつ、ショックが隠せずにいた。
(ま…………負けたわ――!!)
騒ぎがあったことから、中断となった魔石獲り。
あのあとも試験再開の目処は立たず、結局、一日目の魔石獲得量のみで試験結果は発表された。
ユーリは魔石八つ。
ブリジットはといえば、七つである。
三位以下の生徒は、四つ、三つ……と名前が並んでいるものの、ブリジットの目に入っているのは頂点に立つ、たったひとりの名前だけで。
(あ、あとちょっとだったのに……!)
二日目も自由に動き回れれば、一日目以上の成果を出す自信があった。
きっとたくさん精霊が潜んでいるだろうとアタリをつけていたスポットもある。
(悔やんでも悔やみきれないぃ~……!)
そうして密かに悔しさに震えながらも、ブリジットはキーラにこっそりと問うた。
「それにしてもキーラさん。本当に良かったの?」
「え?」
「魔石のことよ。わたくしにひとつ譲ってくださったでしょう?」
魔石獲りの夜。
ユーリに連れられ、初めて入った学院の宿舎にどぎまぎしていると――寮生活をしているキーラが、荷物と一緒に魔石をひとつ渡してきたのだ。
なんと、二人で雨宿りしていた洞窟の奥には、魔石が二つ埋まっていたのだという。
おそらくは精霊が、人間や他の精霊から隠そうとしてそのまま忘れていったのだろう。
発見したのはキーラなのだから、と断るブリジットに、しかしキーラは「受け取ってください」と譲らず、結果的にブリジットは七つ目の魔石を手に入れられたのだ。
だが、それはつまり、本来はキーラの物だった魔石を奪ったということになるわけで。
「いえ、わたしが受け取ってほしかったんです。そのぅ……なんだかロマンティック、ですし」
もじもじしながらキーラが呟く。
ああ、と合点がいってブリジットは頷いた。
「『風は笑う』のワンシーンですわね。もともとひとつだった魔石を半分ずつに砕いて、リーン氏とシルフィードがお守り代わりにと分け合ったという――」
「そ、そうなんです!」
真っ赤に染まった頬を両手で押さえ、キーラが力強く肯定する。
「あのわたし、ブリジット様と、リーン・バルアヌキとシルフィードのような関係になりたくて……っ」
「なに言ってんだ、魔石獲りで手に入れた魔石は全部回収されただろ」
聞いていたニバルに茶々を入れられ、キーラがむっと頬を膨らませる。
そして彼女はいそいそと、長い前髪を両手で上げてみせると。
それまで隠れていた、夜空のような漆黒の瞳が現れた。
「――あの。わたし、この目をブリジット様に褒めていただきました」
(可愛い……!)
威嚇のつもりか、ニバルを睨みつけているものの……初めてしっかりと目にしたキーラの素顔は、とっても可愛らしかった。
潤んだ大きな瞳に、さくらんぼ色の小さな唇。小動物めいた愛らしさを宿した容姿である。
周囲の生徒たちも一斉にざわつき出す。
突然目の前に美少女が現れたので動揺しているのだろう。気持ちはよく分かる。
しかしニバルだけは前に出て、そんなキーラに容赦なくガンを飛ばすと、
「俺も前に、階段を二段飛ばしで上がれるなんてすごいとブリジット嬢に褒められたが……?」
「け、契約精霊のブラウニーに、ブリジット様から魔石を贈っていただきました」
「俺はブリジット嬢と一緒に、エアリアルと外で食事を取ったが……!?」
「それ、ブリジット様はエアリアルと話したかっただけでしょう!」
何やら訳の分からない言い合いが始まってしまったので、ブリジットは無言でその場を離れたのだった。
放課後になると、すぐさま教科書を鞄に詰め込み、ブリジットは図書館の方向へと向かう。
未だにニバルはキーラと睨み合っているので、今のうちだ。
入り口から脇道に逸れ、庭園を進んでいけば……少し久しぶりに感じる四阿には、さらさらの青い髪の毛が見えて。
本を読んでいるのか、少し傾いた角度の丸い後頭部がちょっぴり可愛らしい。
「ユ――」
呼びかけようとして、ブリジットは唇の動きを止める。
彼の前であられもない姿を見せてしまったのは、まだ記憶に新しく……おかげで羞恥心が呼び起こされてしまったのだ。
たぶんユーリは、些細なことだと気にしていないと思う。
だからブリジットも何事もなかったように振る舞いたいが、そういうわけにもいかなくて。
(ユーリ様には、弱いところばかり見られてしまう……)
いつか彼の弱いところも大量に仕入れたい、なんて密かに考えるブリジット。
すると良からぬ気配に気がついたのか、ユーリがくるりと振り返って。
「そんなところで何をしてる?」
「なっ、なんでもありませんわ!」
大慌てで答えたブリジットは、そのまま席に着いた。
向かいのユーリが本を閉じる。無言で向かい合うとそれだけで、胸の鼓動が速くなった。
「髪飾り……」
軽く眉を上げるユーリ。
顔を見るのが気恥ずかしく、ブリジットはぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました。あの、ユーリ様は、ああいう事態になるのを想定して……?」
「……まぁ。お前、僕に負けないレベルの嫌われ者のようだからな」
いつかブリジットがそう言ったのを思い出したのか。
テーブルに頬杖をついたユーリが、少しだけ口元を緩める。
普段の冷たい無表情とは打って変わったその顔つきに、鼓動が高鳴り……誤魔化すようにブリジットは続ける。
「それにっ、水鏡のことも……」
「あれこそ、僕はなんの役にも立っていないが」
ブリジットを救ってくれたウンディーネの水鏡。
マジョリーを始めとする教師陣が確認したというそれには、リサが自身の手に松明を押しつけるシーンがしっかりと映っていたらしく、彼女は一週間の停学処分となり――だが、未だに部屋からは出てこない。
キーラは毎日、リサの寮部屋を訪ねているそうだが、今のところリサ側からの応答は皆無のようだ。
本来であればブリジット自身が、彼女と話すべきとも思うのだが、あれ以上リサを追い詰めてしまったらと考えると踏み切れない。
それにキーラとリサは、家の領地が隣り合っていることから、幼なじみのように過ごしてきた関係らしい。
任せてほしいと言われてしまった以上、ブリジットはキーラに頼る他なかった。
「――それで、勝負の件だが」
改まってユーリにそう言われ、ブリジットはぎゅっと口元を引き締める。
「掲示板を確認したところ、僕の勝ちのようだな」
昼間の貼り出しの際は姿の見えなかった彼だが、キチンと結果のほうは確認していたらしい。
「……はい。おめでとうございます」
またどうでも良さそうな返事が返ってくるかと思いきや、今日は少しユーリの反応が違っていた。
彼はどこか困ったように溜め息を吐いたのだ。
「……そう言われてもな。僕が自力で手に入れた魔石は二つだ」
(六つは、契約精霊が集めてきたってことかしら)
それならば、どちらにせよユーリの実力である。
だからどんなにユーリが躊躇いがちであろうと、ブリジットは勝負の条件を大人しく呑むつもりだった。
(負けは負けだもの。今さら、逃げたりはしないわ……!)
「……負けたほうは、勝ったほうの言うことをなんでもひとつ聞く、ですわね」
ブリジットの発言に、
ユーリはそして、ブリジットのことを正面からじっと見つめて。
「僕の家に来てくれないか」
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