第35話.犯人からの告白
ブラウニーが見つけてくれた小洞窟に、ブリジットとキーラは揃って足を踏み入れる。
洞窟というよりは岩穴と呼んだほうが近いだろうか。
空気は温かく、多少ジメジメとしているが不快感はない。どうやら魔物も寄りついていないようだ。
少し進んでいくと、ゴツゴツとした岩肌に囲まれた空間が現れる。
洞窟の中からぼやけた外の景色を眺めるが、ますます雨は勢いを増しているようだ。
遠くからは雷鳴まで響いてきている。
(体力温存のためにも、これはもう休んだほうが良さそう)
服がほとんど濡れていないのは不幸中の幸いだった。
「雨脚が強くなりそうね。ここで一緒に休んでいきましょうか」
「ひゃいっ」
上ずった声でキーラが返事をしてくる。
洞窟の隅にそれぞれの荷物を置くと、ブリジットは外ポケットから小さい土の魔石を取り出した。
「キーラさん。あなたのブラウニーに贈り物をしても良い?」
「えっ。もちろん大丈夫ですけど、その魔石は……」
「あ、これは持参してきた魔石なの」
これは魔石獲りとは別に、ブリジットが事前に用意していた物だ。
精霊との交渉時に何かしら使えるのではと期待していたのだが、今のところ出会った精霊たちは"模様のある魔石"と"模様のない魔石"だと、だいたいの場合は前者に魅力を感じて交換に頷いてはくれなかった。
どこからか取り出した箒でせっせと洞窟内を掃除している、掃除妖精のブラウニー。
その姿を視界に入れないよう気をつけながら、ブリジットはこっそりと洞窟の隅っこに魔石を埋めておく。
そんなブリジットのことを、キーラは困惑したように見つめている。
『っ、っ、……っ!』
幼児ほどの背丈の小妖精は気づかないまま、息を弾ませて一所懸命に掃除を続けている。
その愛らしい様子を密かに見守っていると、次第にブリジットの肩も揺れてきた。
昔は、この小さな精霊のことが苦手だったのだ。
でも今ではしわくちゃの顔や、伸ばし放題のヒゲもとてつもなく可愛く見えてきて。
「おヒゲの生えたブラウニー、可愛い可愛い小人さん……るんるん」
「るんるん?」
(あがっ!)
キーラのことを忘れていたブリジットは舌を噛んだ。
そして悶絶しかけながらも必死に口を動かす。
「き、気のせいでなくって? お、オホホ、雷の音がそう聞こえたのかしら……」
(我ながら苦しいわ!)
だがキーラもさすがに聞き間違いだと思ったのか、「そうですね……」と真面目に頷いている。
ブリジットがブラウニーに背を向け、岩肌に向かって腰を下ろすと、キーラも人ひとり分ほどの距離を空けて横に座る。
しばらく、洞窟内には、ブラウニーが歩き回る音と、箒が動く音ばかりが反響した。
「そういえばブリジット様。なんで、わたしの名前を……」
「昨年から同じクラスだもの、知ってますわよ」
ブリジットは苦笑を浮かべた。
むしろこれで覚えていなかったら、ブリジットはとんだ人でなしだと思う。
「……あの、わたしのこと……聞いてますよね?」
「え?」
「あの方から……」
(あの方?)
そういえばキーラは、レーシーに追われているときも何か変なことを口走っていた。
横を見ると、彼女は深く俯いていて、ただでさえ長い前髪に隠れた目元はほとんど窺い知れない。
どう答えたものか迷いながらも、ブリジットは正直に答えた。
「ごめんなさい、なんのことだかサッパリ分からないわ」
「……そう、なんですね……」
抱えた膝ごと、キーラの身体が小刻みに揺れている。
ブリジットは急かさなかった。するとキーラは、震える声音で続きを口にした。
「あの、ずっと……お伝えできなくてごめんなさい。わたし……」
それから、キーラが語る話に、たまに相槌を打ちながら。
話を聞き終えたブリジットは最後に確認として訊いた。
「……そう。それじゃああなたが、わたくしの筆記具を盗んだのね?」
「……はい。本当にすみませんでした」
「素直に話してくれてありがとう」
「は、はい死んでお詫びしま――えっ?」
キーラの震えがぴたりと止まる。
彼女はおずおずと、ブリジットのことを見上げてきた。
「……そ、それだけ? 怒らないんですか……?」
「怒るも何も……もう試験は終わったのだし」
(ユーリ様は、同率一位認定してくれたし……)
教師や学院が認めてくれなかったとしても、ブリジットにとってはそれで充分だ。
それに今まで、学院最下位の試験結果を連発していたのである。それと比べれば、前回の筆記試験では学年三十位という結果だったわけで。
「だって、わたしを先生たちに引き渡すとか……! そうすれば、試験結果も正されるかもしれません」
(うーん……それはどうなのかしら)
オトレイアナ魔法学院は自由な気風ではあるものの、試験については厳格である。
一度、貼り出してまで発表した試験の点数を、どんな理由があろうと今さらになって改めるとは思えない。
それよりもブリジットには気になることがあった。
彼女の肩にそっと手を置き、なるべく静かな口調で問う。
「そんなことよりキーラさん。あなた、誰かに言われてやらされたの?」
「えっ?」
「もしもまだ、何か困っていることがあるなら話を聞くけど」
(だってこの子、そんな卑怯なことするようには見えないし)
大方、ブリジットに恨みを持つ誰かしらに利用されて、嫌々やらされたんじゃなかろうか。
だとするとブリジットにも少なからず関わりがある。そして気の弱そうなキーラのことを、放っておいていいとも思えない。
(せめてキーラさんが、その人物に今後も利用されないようにしないと……)
するとキーラはどこか
小さく呟いた。
「――――ブリジット様は、とてもお優しい方ですね」
「えっ」
「だって、わたしの所為で嫌な思いをしたのに……そんなわたしなんかを気遣ってくれるなんて」
「えっ、えっ」
「しかも、森で困っているわたしを颯爽と助けてくださって……そのお姿も、まるで白馬の騎士様のように素敵で……!」
「えええっ」
キーラはグスグスと涙ぐみながら何やら言っているのだが、ブリジットはそれどころではなかった。
(や、優しいなんて、初めて言われたわ……!)
ものすごく照れて顔がほんのり熱くなってくる。
優しいなんて、そんな。そんなことはぜんぜんありませんが。
ブリジットはこっほんこっほんと咳払いをして、チラチラとキーラを見遣った。
「そ、そうかしら? わたくしって優しい?」
「優しいです! 女神のように優しくて美しくて、慈愛の心の持ち主でいらっしゃいます!」
「それは褒めすぎの気がするけど!?」
「いいえっ。そんなことありません!!」
先ほどまでの小さな声はなんだったのか、というくらいに叫ぶキーラ。
ブリジットは彼女の迫力に圧倒されながらも、再度訊いてみた。
「それで……大丈夫? キーラさんに命令した人とは……」
「……大丈夫です。わたし、彼女を説得してみます」
黒髪の合間から、きれいな同色の瞳が覗く。
「一緒に、ちゃんとブリジット様に謝ろうって伝えます。だからどうか、それまで……待っていただけますか?」
そんなキーラに、ブリジットは目を見開き……思わず微笑んだ。
(気が弱いなんて、とんでもないわね)
彼女には、彼女なりの考えがちゃんとあったのだ。
なら、ブリジットが変に気を回す必要はないだろう。
「……ええ、分かった。待っているわ」
「はい! もう二度と、ブリジット様を困らせるような真似はしません! 一生涯の忠誠を誓います! だから、見捨てないでください……!」
「え? も、もちろんよ。見捨てたりなんてしないわ」
「ああっ、ブリジット様……!」
感激したように瞳を潤ませるキーラ。
彼女の声と重なり、遠くのほうから「ブリジット嬢~!」と叫ぶ野太い声が聞こえた気がした。
(何かしら……今、どこぞの級長の幻聴が聞こえてきたような……)
視界の隅では、ブリジットが埋めた魔石を見つけたブラウニーが跳び上がっていた。
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