第28話.侍女と従者は苦労人?1
クリフォード・ユイジーは、水の一族と呼ばれる名門公爵家・オーレアリス家の傍系に当たる家の生まれだ。
青髪を薄めたとされる水色の髪。
それを誉れと受け止めている家族たちの中で、クリフォードだけは、物心つく頃にはオーレアリスの名にそれなりの反感を抱いていた。
――だってまるで、彼らの劣化品のようではないか。
公爵家の薄らいだ血を、宝物のようにして後生大事に受け継ぐ惨めな一家。
その家の次男として生まれた自分に、つまらない家を守る役割が与えられなかったのはほっとしたのだが、両親から『お前は将来、オーレアリス家に仕えるように』と言い聞かせられ、内心は勘弁してくれと思っていた。
だが――その認識は、オーレアリス家の四男であるユーリ・オーレアリスに出会って、すっかり塗り替えられてしまったのだが。
(仕え先が次男か三男坊だったら、間違いなく今頃は職務放棄して行方をくらましていたな……)
ユーリと同世代で本当に良かった、と思う。
今ではクリフォードは、公爵令息の従者として恥ずかしくない教養を身につけている。
それもすべて憎しオーレアリス家の四男である彼との出会いがきっかけなのだから、世の中とは分からないものだ。
そしてクリフォードは、ここ最近のユーリの様子がおかしいのを察していた。
無駄なく簡潔、冷静にして冷徹――人間めいた要素の欠けていた主人なのだが、どうも乱れがあるのだ。
時折、物思いに耽るように窓の外に目をやったり、人とすれ違うとたまに立ち止まって振り返ったり。
しまいには、何の変哲もない水の魔石を書物机の上に置き、ぼんやりと数分は眺めている始末。
「どうかしましたか?」と訊くと、「別に」と素っ気ない返事が返ってくる。だからそれ以上、クリフォードは踏み込まずにいた。
学院での成績は変わりないようだし、精霊たちとのコミュニケーションも良好だ。生活態度だって基本的には変化ない。
そもそもユーリの様子がいつもと違うこと自体に、きっと彼の血を分けた家族たちだって誰一人として気がついていないだろう。
だが唯一気がついたクリフォードも、その微細なる違和感が喜ばしいことなのか、その逆なのか、いまいち判断がついていなかった。
だがそれが、今ようやく――主人にとって素晴らしいことだったのだろうと、その背後に控えながらしみじみ彼は噛み締めていた。
ユーリがよく訪れる、魔石店での出来事だ。
ユーリにとっては馴染みの店で、ここで彼はよく、契約精霊に贈るために水の魔石を発注する。
それに自分に仕える使用人たちにも、臨時ボーナスとして魔石を与えてくれることもある。
これが使用人たちに好評で、というのも最高品質の魔石をやれば精霊はより一層、契約した人間に強い魔力を貸し与える場合が多いので、彼の周囲の仕事の効率も上がるというわけである。
人を使う者としての自覚と才覚において、ユーリは申し分ないし、屋敷では恐れられながらも気前の良い坊ちゃんとして通っている。
だがそこで、クリフォードは首を傾げた。
簡潔にして迅速な判断能力を持つユーリが、何故かひとつの棚の前から動かないのだ。
しかも主人の見ていた棚には、見栄えの良いアクセサリーばかりが並んでいて――およそ実用的な彼が必要としないものだ――クリフォードは不思議に思って、そっと横から硝子ケースを覗いた。
そうして、すぐに「あれ?」と気がついた。
主人が見ているのはアクセサリー類ではない。
彼は硝子に反射する、煌めく赤い光を見ていたのだ。
顔を上げれば、その正体はすぐに明らかとなった。
「ゆ……」
小さく呟いたかと思えば、ばっと口元を覆い隠している可憐な少女。
それから清楚な出で立ちのその子は、ススス、と左側に……ユーリから遠ざかる方向に、色合いも相まってか、まるで浜辺の
特徴的な赤髪を見ればクリフォードでなくとも気づくだろう。
その正体はブリジット・メイデル――"赤い妖精"と蔑まれる、メイデル家の令嬢だった。
事実上、伯爵家を追い出されているブリジットは公の場にはほとんど姿を現わさない。
クリフォードもこうして間近で見るのは初めてだが、噂で聞いていたような激しさや愚かさは、その少女からは微塵も感じ取れない。
(……そういえば……ユーリ様がよく振り返る少女は、いつも……)
どことなく赤っぽい髪色をしていたような、とクリフォードは思い返す。
そう思った直後に、ユーリがてきぱきと指示を出してきた。
「クリフォード、最高品質の水の魔石を……そうだな、五十個。それと各魔石を十個ずつだ」
承知しました、と手元の発注用紙に書きつけながら、ちらと目線を動かすクリフォード。
親しいのかと思ったが、ユーリは一向に彼女に話しかけようとしない。
もしかすると会いたくない相手なのだろうか?
オーレアリス家とメイデル家は比較されがちで、両家は敵対するというほどではないが、決して仲良しこよしの関係でもないのだ。
……かと思いきや、だった。
「そういえばこの前の魔石、返していなかったな」
「え?」
「ほら」
(あ……)
ユーリがブリジットに差し出した水の魔石。
間違いなく彼が、机の上でじっと見つめていたアレである。あれは彼女の所有物だったのか。
しかしそれを受け取ったブリジットは、怒りなのか羞恥なのか、その髪色に負けないほど顔を真っ赤に染めている。
(蟹の次は、茹で蛸みたいだな……)
そう思う合間にもユーリは、店主を呼んで、飾り棚の中にあるアクセサリーを買い取っていた。
クリフォードは発注用紙に新しい商品名を書き加える。
そしてユーリは、手渡しで受け取ったそれを、再び少女へと手渡した。
「これもやる」
「……ええと、すごく素敵な意匠ですが……」
「大したものじゃないから受け取っておけ」
おい、とクリフォードは思わずツッコみたくなった。
そんなわけがなかったからである。
(それ、今日あなたが購入した魔石全部合わせても、まったく追いつかないくらいの値段ですが……!?)
大輪の花を模した銀色の髪飾りの中央には、宝石のように輝かしく、丸い小さな魔石が九つ、アクセントとしてあしらわれており――これ、実はあらゆる系統魔法を一度は防ぐとされる最高級のマジックアイテムである。
物の価値が分からない少女ではないのだろう。ブリジットも躊躇いがちだ。
それから彼女は恐る恐るとユーリを見上げ、
「こういう物は、大切な女性にプレゼントしたほうがよろしいかと……」
などと気遣わしげに言うものだから、思わずクリフォードは吹き出しかけた。
すごい。ビックリするくらい何も伝わっていない。
対するユーリはといえば、数秒の沈黙の後に。
「……そういう相手は、作る予定がない」
と、ごく僅かな困惑を滲ませて答えた。
(わぁ、今のつまり……
いつのまにそんな風に想う女性が出来ていたとは。
しかしそんな素直でない言葉の裏を読み取れるのは、長年彼の傍に居るクリフォードくらいである。
というのもそれを聞いたブリジットは、うんうんと頷くと。
「それなら尚更、そういう女性が出来たときにお渡しすれば良いのですわ」
「…………」
などと髪飾りを返却されかけたユーリはすっかり仏頂面である。
いよいよクリフォードは込み上げる笑いを抑えるのに、命を賭して励まなければならなくなった。
(お、面白いな、この二人……っ)
笑い出しそうになるのを、脇腹を叩いて堪える。
涙目のクリフォードは、そこでブリジットの後ろにひとりの少女が立っているのを見つけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます